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【GDC2012】リビングストン氏が基調講演を務めた「Games for Changeサミット」レポート

これまで二日間にわたって開催されていたシリアスゲームサミットが「GameITサミット」として一日にまとめられた一方で、新設された「Games for Changeサミット」。

ゲームビジネス 開発
Games for Changeの中心人物、Michelle Byrd氏(手前)とAsi Burak氏(奥)
  • Games for Changeの中心人物、Michelle Byrd氏(手前)とAsi Burak氏(奥)
  • マグゴニガル女史をモデレートに「ゲームと愛」のパネルでスタート
  • 会場の半数はGames for Changeの参加経験があり、残りは新規の聴衆だった
  • アイドスの生涯社長、イアン・リビングストン氏
  • 若き日のリビングストン氏(左)
  • ゲームブックは日本でも一世を風靡した
  • 『トゥームレイダー』『ヒットマン』を世に送り出す
  • 仮想アイテムを買うと売上の一部が寄付される仕組み
これまで二日間にわたって開催されていたシリアスゲームサミットが「GameITサミット」として一日にまとめられた一方で、新設された「Games for Changeサミット」。どちらも「ゲームのチカラで社会を改善しよう」という取り組みですが、二日間にわたる聴講で、その違いがおぼろげながら見えてきました。

Games for Changeはニューヨークを中心に活動している団体で、2002年頃から始まったシリアスゲームの潮流から生まれてきた分科会的な位置づけです。活動がスタートしたのは2004年で、翌年から年次総会を開催しており、徐々に規模を拡大させてきました。中心を担うのはNPO、ゲーム企業、アーティスト、学術機関といった面々です。

もっともGDCの参加は今年が初めてということで、大会は招待に対する感謝の言葉で始まりました。その後、GameITサミットの中心メンバーで、著書「幸せな『未来』はゲームが創る」で知られるジェイン・マグゴニガル女史がモデレートするパネルディスカッション「How Designing for Love Can Change the World」で開幕しました。

Games for Changeの中心人物、Michelle Byrd氏(手前)とAsi Burak氏(奥)マグゴニガル女史をモデレートに「ゲームと愛」のパネルでスタート会場の半数はGames for Changeの参加経験があり、残りは新規の聴衆だった


「デジタルゲームで愛をどうやって表現するか」とでもいうべき内容で、5人のゲーム開発者が次々に自分のデザイン哲学を表明。「ゼロサムゲームからの脱却」「愛はポジティブな感情から生まれるもので、ゲームはポジティブな感情を生み出してくれる。優れたゲームは愛を表現する土壌がある」などの議論が、カジュアルなスタイルで展開されました。なにしろ「恋愛シミュレーション」などの市場がないお国柄。その中で「ゲームメカニクスで愛を表現する」ことを大上段から論じあったところがポイントでしょうか。

もっとも、「GameIT」と大きく異なったのは、その講演ラインアップです。すでにレポートしたとおり、「GameIT」の講演は7セッション13本がすべてデジタルゲームの事例紹介。分断されつつあるシリアスゲームとゲーミフィケーションの中間領域を再定義すると掲げたとおり、まずはさまざまな事例を取り上げて、マッピングしていく行為のように感じられました。

一方Games for Changeは募金活動とソーシャルゲームの融合事例から、教育者向けのゲームデザイン論、はたまたNPOとゲーム会社、そして投資家が共同で新スポーツ「Battlestorm」をデザインし、テレビ放映まで行った事例の紹介など多種多彩。その議論の幅広さや懐の深さに改めて驚かされました。

■ダンジョンからダウニング街へ! 充実の基調講演
その中でも白眉となったのが、サミットの基調講演「From Dungeons to Downing Street - How Games are Growing Up for Good!」でしょう。タイトルにあるダウニング街とはイギリスの政府機関が立ち並ぶ、日本の「霞ヶ関」のイメージ。スピーカーはアイドスの生涯社長を務めるイアン・リビングストン氏です。わずか25分の講演でしたが、内容は非常に充実したものでした。

リビンスストン氏といえば、アラフォーの読者には「死の罠の地下迷宮」などのゲームブックが懐かしく思い出されるでしょう。イギリスの代表的なパブリッシャーで、2009年にスクウェア・エニックスに買収されたアイドスの創始者でもあります。ハリウッド映画にもなった「トゥームレイダー」の開発に携わったことでも知られており、数々の功績から大英帝国勲章の将校号(OBE)も授与されている人物でもあります。

Eidosの生涯社長、イアン・リビングストン氏若き日のリビングストン氏(左)
ゲームブックは日本でも一世を風靡した『トゥームレイダー』『ヒットマン』を世に送り出す


講演はリビングストン氏のゲーム人生を駆け足で振り返るところから始まり、現在のゲーム技術を用いた社会活動の取り組みへと続いていきました。氏のゲーム人生については以前のレポート(http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=1734)を参照いただくとして、ここでは本論について簡単に紹介していきましょう。

いまや映画産業を凌駕するまでに成長したゲーム産業ですが、まだまだイギリスでは日本と同じく「ゲーム害悪論」が根強いのが現実です。その一方で「マインクラフト」のような創造的なゲームや、DSの知育ゲーム、シリアスゲームなど、徐々に「社会に貢献する」ゲームも登場してきました。

リビングストン氏もまた、こうした活動の一翼を担っています。はじめに紹介されたのは
ベンチャー企業のPlayMob。同社は仮想アイテムで寄付を集めたい団体のためのプラットフォーム「GiverBoard」を開発しました。ソーシャルゲーム企業はGiverBoardの登録先を見て、自社のゲームでコラボレーションしたい団体を探すことができます。同社は先日ベンチャーキャピタルのMidvenとNESTAから計50万ポンド(約6300万円)を調達したことで有名になりましたが、リビングストン氏はNESTAの創立者でもあるため、同社のアドバイザリーボードに名前を連ねています。

仮想アイテムを買うと売上の一部が寄付される仕組みユーザーはゲームを通じて気軽に寄付活動に参加できる
ゲームを通して障害者の生活の質を向上させる専用コントローラでダンスゲームを遊ぶ下半身が不自由な少女


続いての活動は、2005年に頸椎骨折で片麻痺となったラグビー選手、マット・ハンプソン氏もパトロンを務めるゲーム業界向けのチャリティ団体、GamesAidです。 ゲームを通した障害者の生活の質向上をめざしており、専用コントローラの開発「SpecialEffect」などの活動を行っています(日本企業も任天堂・バンダイナムコゲームス・コナミなどがパートナーとなっています)。下半身が不自由な子供向けに専用コントローラを開発して、ダンスゲームが遊べるようにしたり、知的障害者向けに難易度を調節したゲームを開発したり・・・。ここでもリビングストン氏は理事に名前を連ねています。

そして最後に紹介されたのが、科学芸術分野への寄付を通してイギリスをより革新的にしていく非営利団体、NESTAへの働きかけです。リビングストン氏と、映画「アイアンマン2」「インセプション」を手がけたVFXスタジオ、Double NegativeのAlex Hope氏との連名で、2010年に執筆された88ページにも及ぶ詳細な報告書「NextGen.」では、イギリスをゲームとCGの分野で一流の才能が集結する国家に生まれ変わらせるために、さまざまな政策提案がなされています。

コンピューティング教育の重要性を訴えた「NextGen.」18歳でアプリではなく言語を作れる人材を育てるARM搭載の30ドルPC、 Raspberry Pi


報告書では学校教育にプログラミングとコンピューティングの科目を設置するように求めており(コンピューティングは現代のラテン語だとしています)、公立学校の生徒が▽11歳で簡易言語「Scratch」を使って2Dアニメーションを作成▽16歳でアプリを制作▽18歳で簡単なプログラム言語を作るーーことが提案されています。その中でもゲームは科学と芸術が融合する最先端の領域で、ゲーム作りを通した人材教育の推進を掲げているのです。この提案はGoogleの元CEOであるエリック・シュミット氏が賛同したことで、一気に影響力を高めました。

また、あわせて紹介されたのが、ラズベリーパイ財団が開発したARMプロセッサ搭載のワンボードマイコン「Raspberry Pi」です。OSはLinuxで256MBのRAMを搭載し、HDMI端子、USBポート、SDカードスロット、オーディオ機能、LANポートを装備。Quake3をフルハイビジョンでプレイできる能力を持つとしています。価格は25ドルと35ドルの2バージョンで、2012年の発売が予定されています。このコンピュータを教材として活用しようというわけです。

リビングストン氏はコンピュータゲーム以前の1970年代からイギリスのゲーム業界で活躍してきた重鎮です。そのリビングストン氏が先導となって、ゲームを通した社会貢献に精力的に活動されている様には、改めて驚かされました。成功したゲーム開発者のモデルケースだとも言えるでしょう。イギリスは2010年にゲーム開発者人口でカナダに抜かれ、世界第4位に転落したニュースが喧伝されました。しかし5年後、10年後にどのように変化しているか、今から楽しみです。
《小野憲史》
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