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任天堂との決裂、イノベーションでなし得た初代プレイステーション立ち上げ秘話(1)

8月31日、東京都赤坂のサイバーエージェント・ベンチャーズ STARTUP Base Campにて、「エンタテインメントの未来を考える会」と題された「黒川塾」が開催されました。

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8月31日、東京都赤坂のサイバーエージェント・ベンチャーズ STARTUP Base Campにて、「エンタテインメントの未来を考える会」と題された「黒川塾」が開催されました。

「黒川塾」とはレコード会社や映画配給会社を経てセガに入社、バーチャファイターやセガサターンの宣伝広報で活躍をした黒川文雄氏が企画するイベント。二回目の今回は、ソニー・コンピュータ・エンターテインメント(SCE)にてプレイステーション事業を立ち上げた3名を招き、ゲーム産業を含めたエンタテインメント産業の未来を語りあいました。

イベントは黒川氏の司会で始まり、今回のテーマが「勇気と革新」にあると述べられました。その後、3名のゲスト、丸山茂雄氏、赤川良二氏、藤澤孝文氏が紹介されました。
丸山茂雄氏はソニーの音楽コンテンツ事業、エピック・ソニーの創始者であり、佐野元春、渡辺美里、小室哲哉を輩出したTMNなどを世に送り出した著名人物。現在はソニーを退社され、247Music取締役会長を務めるなどコンテンツ産業の重鎮です。

赤川良二氏もまた、元エピック・ソニーに在籍、プレイステーション事業の開始と共に「アークザラッド」シリーズなどをプロデュース、後にアークエンタテイメントを発足し、現在では株式会社ラルクス代表取締役を務めています。

藤澤孝文氏は音楽業界でマニピュレータやアレンジャーとして従事し、エピック・ソニーの仕事をきっかけとしてSCEの立ち上げに参画、プレイステーションの起動音やサウンドドライバの開発、数々のゲームのサウンドデザインを担当したクリエーターです。現在は株式会社T.C.FACTORY取締役を務め、エンタテインメント総合サイトDrillSpinの運営をされています。

プレイステーション事業の立ち上げに関わった3名がゲストということもあって、主な話題は「次世代ゲーム機戦争」と呼ばれた90年代のゲーム産業の裏話が中心でした。プレイステーションはもともと任天堂のスーパーファミコンのために開発されたCD-ROMアタプタのコードネームであったそうです。当時のソニーは任天堂のためにサウンドチップを開発しており、その経緯からCD-ROMをメディアとして利用する製品を開発することになったそうです。

任天堂との交渉はソニーの久夛良木健氏が粘り強く行ない、ようやくゴーサインが出され、CD-ROMアタプタのためのソフト開発のためにエピック・ソニーに在籍した丸山氏や赤川氏たちが招集されたといいます。当時のソニーは家電ハートメーカーであり、ソフトウェアやコンテンツ開発のノウハウがなかったため、音楽部門であるエピック・ソニーのメンバーがプレイステーション事業の立ち上げに大いに活躍したことは興味深いことです。

赤川氏は当時、洋楽部門の宣伝を担当、他方、丸山氏はJ-Pop史に輝く数々のアーティストを輩出していました。そこでCD-ROM用ソフトとして『フォルテッツァ』というゲームを赤川氏はプロデュース。相当の予算をかけて、当時では画期的な3D描画を実現しましたが、ゲームの内容としては面白くなかったと、赤川氏は振り返りました。

ところが、そのように新しいCD-ROMアタプタ用ソフトを開発していたのにもかかわらず、1991年6月にシカゴで行われたコンシューマー・エレクトロニクス・ショーにおいて任天堂はソニーとの契約を破棄し、CD-ROM事業をフィリップスと行なうことを宣言。その結果、CD-ROMアタプタとしての「プレイステーション」計画はいったんご破算になったといいます。丸山氏は当時、任天堂側との折衝にあたっていた出井伸行氏に対して、「馬鹿野郎」と怒鳴り立てたそうです。その後、周知の通り出井氏はソニー株式会社の代表取締役社長になったため、丸山氏はその後、青ざめた気分になったとこぼれ話を述べました。

任天堂との決裂後、プロジェクトを進めていた久夛良木氏は諦めることなく、単独で次世代ゲーム機を開発することを提案。当時のソニーの社長である大賀典雄氏から有名な台詞「Do it!」という言葉を受け、本格的にプレイステーション事業が立ち上がりました。

当時の久夛良木氏の心境について事業に関わった3名のゲストの方々は、久夛良木氏は任天堂との決裂に怒りを感じると共に、新事業の立ち上げのチャンスだと見ていたのではないかと推察されています。事実、CD-ROMアタプタのためにすでにソニーの技術者は開発を進めており、リアルタイムで3Dを描画する技術は完成していたと言います。当時、3D描画はスーパーコンピュータなどでしか可能ではなかったため、民生機でそれを実現したことは画期的なイノベーションであり、ソニーの技術者たちは相当の自信を持っていたと赤川氏は振り返りました。また藤澤氏によれば、プレイステーションのサウンドチップは当時、任天堂向けに開発していたスーパーファミコンのものと同じであり、それらの技術力を利用できたことも大きいそうです。

しかしながら、家庭用ゲーム機に参入するのは並大抵の努力では不可能であったと3名のゲストは振り返ります。当時の状況を考えると、任天堂がスーパーファミコンにおいて圧倒的なシェアを誇っていましたが、NECのPCエンジンやセガのメガドライブなどは限定的な成功を収めるにとどまっていました。また家電各社が協力した次世代ゲーム機である3DOの失敗など、ゲーム業界への参入のリスクは相当に高かったと言われております。そのため、当然立ち上げ当初のSCEも各社からの期待を得ることができず、どこにいっても「絶対にうまくいくわけがない」と言われたそうです。

事実、当時セガに在籍した黒川氏もプレイステーションの話を聞いたとき、「向こう見ずな事業だ」と感じたといいます。プレイステーション実機を携えたSCEのデモンストレーション部隊は、当時五人組と呼ばれ、全国行脚を行ないましたが、どこにいっても「確かに素晴らしいハードであるが、悪いことは言わない。やめておいた方がいい」と言われたと赤川氏は振り返りました。

(つづく)
《今井晋》

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