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【GDC2012】『牧場物語』の和田康宏氏が語る2つのコンセプト~新会社トイボックスの展開も明らかに

GDC4日目の8日、トイボックスという会社を立ち上げたばかりの和田康宏氏が登壇し、累計1000万本を超えるヒットシリーズとなった「牧場物語」の開発を振り返るポストモーテムを行いました。

ゲームビジネス 開発
 
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GDC4日目の8日、トイボックスという会社を立ち上げたばかりの和田康宏氏が登壇し、累計1000万本を超えるヒットシリーズとなった「牧場物語」の開発を振り返るポストモーテムを行いました。海外でも人気を集める本シリーズだけあって、多くの来場者があり、和田氏の話に聴き入っていました。

多くの来場者にむかえられた和田康宏氏


「牧場物語」はソーシャルゲームで人気を集めたいわゆる「農場ゲーム」の走りと言える作品で、農作物や動物を育てたり、村の住民との交流を楽しむというゲームです。今では人気ジャンルと認識された農場ゲームですが、1996年に第一作目が発売された当時、戦闘が無いというゲームは皆無であり、確立された文法は当然存在しませんでした。また『牧場物語』のような刺激的ではないゲームが受け入れられると多くの人は考えませんでした。そうした状況で、ただでさえ容易ではないゲーム開発を成し遂げるためには何が必要でしょうか? 和田氏が語ったのは2つのコンセプトの重要性です。

では"コンセプト"とは一体何でしょうか? 和田氏が言うのは「迷った時に帰れる原点、共通の道標」です。ゲーム開発には多くのスタッフが携わります。意思を統一し、道に迷わないためには「シンプルで短い言葉のコンセプトが必要」ということです。しかもその"コンセプト"は2つの側面があります。まずはクリエイティブに"何が作りたいのか"ということを表すもの、そしてビジネスとして"それをどう実現するのか"ということを表すものです。この2つが適切に噛み合うことでプロジェクト全体としての成功が見えてきます。

さて「牧場物語」です。本作の根底にあるのは生みの親である和田氏の田舎への思いです。「僕は地方で育って、都会への憧れが強く上京した人間です。若い自分にとって都会は刺激的で有意義で、でも逆に田舎の良さも分かったんです。都会より田舎が良いという事ではなく、田舎の一面しか見れていなかった事に気づいたんです」和田氏はこのこみ上げてきた気持ちを表現する企画に取り組むことになります。

スーパーファミコン全盛期、当時のゲームは戦う、競うものばかりでした。そこで和田氏が考えたのは「戦わない、競わないゲーム」です。それは「田舎の良さを伝える」という事との相性も良く、それがクリエイティブなコンセプトになりました。一方でビジネス面では「正直に言ってアイデアは持ちあわせていなかった」そうです。ただ、新しい挑戦へのリスクを減らすために、売れ筋タイトルや海外タイトルのローカライズ版などとポートフォリオを組むというアプローチが取られました。それは結果として経験を積み、実績を残す事にも繋がりました。「挑戦は必要ですが、信用できない人間に投資する人はいません」と和田氏は言います。ここで得た信頼が後に繋がります。

牧場物語の世界観


続いて具体的に仕様書に落とす段階です。「田舎の良さを伝える」といってもゲームで表現するのは大変です。そこで「生活→人生」「田舎→自然」というような転換を行い、田舎の仕事を通じて人生を体験するというようなゲームとなりました。当時和田氏は競馬ゲームの『ダービースタリオン』に熱中していて、そこで田舎の仕事の中でも、牧場というのが出てきたそうです。

人生を追体験するライフシミュレーション的なものとして考えられたゲームですが、和田氏がこだわったのは数値ではなく目に見えるアクションでシミュレーションを実現すること。当時は数値で楽しむシミュレーション(ダービースタリオンもその一つですが)は多数ありましたが、そことは一線を画すものにしようとしました。

しかし単純には行きません。牧場主となって牛を育てるというのがゲームの醍醐味の一つと考えられましたが、牛に愛情を注いで、餌をやったり、病気に対応するというような事は現実世界では非常に大変で、それだけにちゃんと育った時の喜びがありますが、ゲーム内では非常に単調なアクションの繰り返しになって楽しくありません。また、住民との交流でも、例え会話のパターンを沢山増やしても現実には毎日イベントがあるわけではないという点で問題が出てきました。核となり繰り返されるゲームプレイに楽しさを見出せなかったのです。

農作物というアイデアはゼルダのヒントがあったとか


ここでチームを救ったのは農作物というアイデアです。農場であれば作物の種類を増やしたり、成長の段階を入れたりという幅を作れます。実際にプログラマにプロトタイプを作ってもらいました。荒削りのアニメーションながら、種を撒いて水をやり、少し経ち画面がフェードアウト、そしてボタンを押すと小さな芽が。「それを見て"おおぉぉぉ"と叫んでしまいました。物凄く単純だけど新鮮な喜びがあり、これで行けると確信しました」そして牧場ではなく農作物を育てるというのがゲームの根幹となりました。

和田氏と共に第一作目から「牧場物語」を支えてきた数人が講演では触れられました。シナリオを現在も担当している宮越節子氏は『人生牧場』だった仮タイトルに大反対し、『牧場物語』という今に続くタイトルを提案しました(ちなみに海外での『Harvest Moon』は海外で販売しているナツメの前川社長が考案)。宮越氏は「牧場物語」の世界観、田舎暮らしとちょっとのファンタジー要素という世界の構築に多大な貢献をしました。

キャラクターのイラストはまつやまいぐさ氏が一作目から担当しています。「実は彼にとってイラストレーターとして初めての仕事だったのですが、ゲームの開発が長引いたお蔭で、どんどん腕が上達して最初と全然違うキャラクターになってしまって結局全て描き直してもらうことになってしまいました」とエピソードを話していました。

開発は当初は比較的に順調に進みましたが、沢山のオブジェクトをプレイヤーが自由に配置できるというゲームシステム故に処理落ちが課題になったそうです。スプライトを工夫したり、グラフィックサイズを減らしたり、日々の努力で少しずつ毎日置けるオブジェクトが増えて何とか当初の想定のレベルを実現できたそうです。

しかし大問題が起こります。10名ほどになっていた開発チームを支えていたデベロッパーが倒産してしまうのです。『牧場物語』に加えてプレイステーションやセガサターンなど複数のプロジェクトを体力以上に抱えていたのが要因ではないかと思われますが、社長は行方不明、社員は散り散りになり残ったのは未完成のデータだけです。しかも既に開発期間は計画を超え、予算は底を尽きそうでした。残ったデータを検証したところ、素材は揃っているもののゲーム全体では3割程度の進捗。残りの予算で完成させるのは不可能に思えました。

「諦めながらチームに事情を話したら、逆に"やりましょう、完成させましょう"と言われてしまったんです。予算のことばかり考えて、完成させようとする情熱が後回しになっていた自分が恥ずかしくて・・・」

和田氏と宮越氏、そしてプログラマの山楯氏の3人は会議室にデータを引き上げ、寝袋も用意して開発に当たります。和田氏は会社に交渉して3人分の人件費と半年の期間をもらい、昼夜を問わずディスプレイに向かい『牧場物語』の完成に突き進むことになります。山楯氏は全てのソースコードを破棄し、1から分かりやすく再構築。和田氏もテキストやスクリプトの手伝いをして半年間は仮眠を数時間取るだけの生活となったそうです。

そうして6カ月後に完成した作品は評価が分かれました。初回出荷は2万本に留まった一方、口コミが徐々に広がっていきます。イラストのまつやまいくさ氏がイラストの仕事をしていた雑誌編集者が気に入った事で漫画の連載もスタートします(「小学四年生」)。当初はもっと新しいチャレンジをしたいと考えていた和田氏ですが、販売が10万本を超える頃には上司の説得もあり「恩返しの気持ちも含めて」ゲームボーイでの続編に取り組みます。携帯機の制限された内容でしたが、ポケモンの大ヒットや漫画連載という素地もあり30万本を超えるヒットとなります。

更なるヒットになったことでファンからの反応も大きくなります。和田氏の下には多くの感想や要望が届くようになります。ゲームボーイは簡易版でしたが、本格的に期待に応える作品を作りたいという気持ちが増していきます。2年かけて作った新作がNINTENDO64向けの『牧場物語2』で、初代では予算や期間の制約から多くの事を諦めていましたので「ようやく最初にイメージした作品になった」ということです。

意識したわけではないそうですが『牧場物語』は女性のファンが多いのが特徴です。手紙などを熱心にくれるファンでは半数近くが女性というイメージのようです。そこで「for Girl」という展開も行いました。「購買層の7割は女性で狙い通りだったのですが、もともと女性向けに考えられたシステムではなかったので、無理矢理に結婚をエンディングにするという愚かな決断をして猛烈なブーイングを受けてしまいました(笑)」。その後の作品では改善されています。

また、ファンの声は受け止めながら、それとは異なる新しいチャレンジをすることも心がけているそうです。『牧場物語3』では人気だった結婚の要素を捨てました(これもブーイングの的だったそうですが)。挑戦という意味では『牧場物語ワンダフルライフ』では年老いて死ぬまでを体験できるように。これは『人生牧場』という当初のタイトルに合致するものかもしれません。「このために犠牲になった要素もありますが、もっとここで生きたい、時間の経過を無駄と感じず楽しめる感覚はシリーズ最高と今でも思っています」当初のコンセプトは今でも息づいていたのです。

プロデューサーという立場から徐々に経営側の立場が強くなっていった和田氏(マーベラスインタラクティブでは社長、マーベラスエンターテイメントに吸収後も執行役員)。経営者となって経営と全タイトルの監修という立場になっていた和田氏が最後にわがままを言ってエグゼクティブが付かないプロデューサーを務めたのは『牧場物語わくわくアニマルマーチ』でした。「やりたいことをやらせてもらい、本当に思い出に残っている」と話していました。

数多くのシリーズが制作されてきた


既にシリーズ誕生から16年、累計の出荷本数は1000万本を超えています。和田氏は「シリーズの開発や販売に関わってきてくれた何百人のスタッフにこの場を借りて感謝をしたいと思います。今はマーベラスを離れて新しい道を歩んでいますが、私では実現できなかったような新しい事が実現されるのを、一人のファンとして楽しみにしています」と感謝を伝えました。

トイボックスでの活躍が期待される


和田氏はトイボックスという会社を設立。「We are gaming for Love, Peace and Earth.」(愛、平和、地球)というコンセプトで再びクリエイティブとビジネスの両立に取り組んでいます。まずはマーベラスとの協力の下、『レッド・シーズ・プロファイル』(『デッドリー・プレモ二ション』)のディレクターズカット版のシナリオを書き始めているそうです。本作は残念ながら魅力を上手く伝えることに失敗しPS3の欧米発売ができなかったタイトルです。しかし発売後の評価は高く、今回はPS3とXbox360で発売したいとのこと。上手く行けばE3で「いいニュース」が報告が出来るのではないかと話していました。

「牧場物語」という愛されるフランチャイズを作り上げた和田氏。次にどんなコンセプトを打ち出してくるのか、期待ですね。
《土本学》
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