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【GDC2011】天才ゲームプロデューサー、マーク・サニーが語る彼のゲームデザイン手法の基礎

ゲームビジネス 開発

天才ゲームプロデューサー、マーク・サニーが語る彼のゲームデザイン手法の基礎
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3月3日の13時半より、著名なゲームデザイナーであり、GDC 2004 のGame Developers Choice AwardsにてLifetime Achievement Award(生涯功労賞)を受賞したMark Cerny氏によるセッション「Classic Game Postmortem - MARBLE MADNESS (クラシックゲーム総括 - マーブルマッドネス)」が行われました。



今回のGDC 2011の目玉企画の1つがこの「Postmortem」でした。『マーブルマッドネス』以外にも『パックマン』『ポピュラス』『プリンスオブペルシャ』『マニアックマンション』などといった歴史的名作のクリエイターが製作当時を振り返って語る、というセッションが多数用意され、古株の開発者には懐かしく、若い開発者にとっては憧れのクリエイターに会えるチャンスということもあり、プログラムの発表直後から業界内でも注目を集めていました。この「Postmortem」、直訳すると「検視、司法解剖」という意味でややギョッとしますが、プロジェクトが終わった後にプロセスの各フェーズを分析して良かった点、悪かった点をまとめ、次のプロジェクトに役立てる、というような意味で広く使われている言葉です。

話を本題に戻しますが、時は1970年代後半、Cerny氏は子供の頃からスペースインベーダーを始めとするアーケードゲームが大好きで、しかもその腕前も相当なもの、「ディフェンダー」ではカリフォルニア州全体のトップスコアを叩き出していたんだとか。



自分でもゲームを作りたくなった彼は、やはりコンピューターが得意だったお兄さんと協力して、当時良く遊んでいたテーブルトークRPGをコンピューターにやらせたら面白いのではないか、と陰線処理を施したベクタースキャンによる3DのアクションRPGを作ろうとしていたそうです(しかもそのプログラミングはパンチカードで行なっていました!) 残念ながら完成はしなかったそうですが、後にプレイステーションのFF7を見たときに彼が頭の中で描いていたのはまさにああいったゲームだった、と語っていました。



学生時代から当時のアーケードゲームの攻略本に良く寄稿していた彼は、大学を卒業後(13歳で入学、17歳で卒業)その攻略本の編集者の口利きでアタリに入社します(1982年1月18日)。最初は大変喜んでいたものの、この頃のアタリには独自の社風があり、例えば開発者が表に名前を出すことが出来ませんでしたし(唯一の自己主張ができたのはデフォルトのハイスコアネームだけ)、ビジネスモデルは利益率も良くなく、さらに当時のアーケードゲームに蔓延していた「3分以内にプレイヤーの自機を全て失わせる」といった風潮も彼には面白くありませんでした。

しかし一方で、当時のゲーム業界にはマーケティングの文化が一切無く完全な実力勝負だったこと(ロケーションテストでインカムが悪いと量産されないため、完成したゲームの2/3は消えていったそうです)、アタリの社内ルールである「ヒットしても続編は作らない」「1つのゲームで使った操作系は2度と使わない」という縛りにより2匹目のドジョウが追えない環境だったことから、とにかく企画を徹底的に練りこむ習慣を身につけられたそうです(オールドゲーマーなら分かってもらえると思いますが、当時のアタリのゲームはとにかく操作系が独特、トラックボール以外にも操縦桿、5つのボタン、自転車のハンドル、斜めに回転するジョイスティックなど、とにかく変わったゲームが多かったと思います)

こうした「独自のゲームデザイン」「独自の操作系」「2P必須(インカムを倍にするため)」という縛りの中から彼のゲームデザイナー人生がスタートします。



当時はハードの制約もありベクタースキャンかラスタースキャンという2つの選択肢しか無く、それぞれのメリット、デメリットを分析した上で彼は「陰線、陰面処理がされていて、なおかつジャギの無い美しいグラフィックを持つ3Dゲームを作る」という目標を設定しました。



企画のコアはパターゴルフ、まずはそれをタッチスクリーンでプレイする事を考えますが上手くいかず、次はモーター入りトラックボール(玉が斜面にあると画面内で勝手に転がり、それにつられてトラックボールがモーターで動き、それを手で押さえる事で転がりを止める、というような操作系を考えていたそうです)、しかしこれはハードが上手く作れず(検知系2、駆動系2の4つの軸をトラックボールに常に接地させるのが極めて難しく、最終的に出来たプロトタイプは繊細すぎて業務用の厳しいプレイ環境に耐えられなかったため)断念。



2Pならではの競争要素、協力要素も色々考えます。先に通ったプレイヤーの後に壊れてしまうガラスの通路やシーソー、2人で力を合わせないと切れないゴムなどなど。当時は2人のプレイヤー対2人のAIによるレースゲーム的デザインになっていたそうです。この企画は社内会議で承認されたものの、当時のアタリのゲームは筐体デザインは似ていても中身はそれぞれ異なるカスタム基板、決めなくてはいけない要素がまだまたあったそうです。例えばベクターはRAM、ラスターはROM、ステージをちょっと変えたいと思ったとき実際にその変更を反映するのにベクターなら数分、ラスターは数時間かかるため、この決定は単にゲームデザインのみならず、プロジェクトマネジメントの観点からも重要でした。



しかしこのタイミングで大きな変化が起こります。1982年に端を発する、いわゆる「アタリショック」(訳注:Cerny氏は「Crash」という言葉を使っていました。英語で「Atari Shock」は通じません)により会社の方針が変わり、基板の流用、さらには経費節減のためにシステム基板の設計が行なわれるようになり、これによりゲームデザインの手法にも大きな影響が生じました。



この当時先行して開発されていた『クリスタルキャッスル』のビジュアルに可能性を信じた彼は、その頃アタリに導入された最新ハード「VAX11」を使い、レイトレーシングを使った美しい画面を作り始めます(当時は1台のVAX11を50人の社員がシェアしていたため、その争奪戦は凄まじかったそうです)



リアルタイムで動く荒い3D画面より固定されている代わりに美しい3Dフィールドを生成することに注力し、週末ごとにVAXを独占しては1ドットあたり16回、1ステージあたりでは700万回のレイトレーシングを行うことで全6ステージが完成しました。1画面で2時間、1ステージで最大12時間、それを共用のシステムで週末に処理するのは大変でしたが、1ヶ月をかけて当時としてはとても美しいステージを作ることができました。



他にもフィールドに影を付けることでそれぞれのオブジェクトの高低差が認識できるようにしたり、ステージごとに細かいディテールを追加して差別化を図っていきました。フィールド上の敵にもアレンジを加え、例えばステージ3にいるスライム状の物質には直接グリッドの線を描き込むことで半透明に見えるようにしました。

ハード的には68000というCPU、C言語など当時最新の技術が導入されていき、またヤマハのFMチップを採用することで独特の雰囲気を持つ音楽を鳴らすことができるようになりました。

こうしてゲームは完成、1984年の12月に4000台が出荷され、当時全体的に低調だった市場の中で1位のセールスとなりましたが、1プレイが最長でも4分程度しか無かったこともありその栄誉は6週間程度しか続きませんでした。10万台以上を売った『パックマン』、数万台のセールスを誇った『バトルゾーン』とは比較になりませんでしたが、しかしこれがアタリとして最初のシステム基板となったため、その後『ピーターパックラット』『ロードランナー』『インディージョーンズ』といったタイトルが続き、ビジネスとしては成功を収められたそうです。



最後にまとめとして、とにかく企画のコアとなる要素を見極め、軸はずらさず、しかし周囲の環境に合わせて柔軟に対応したことが完成までたどり着けたポイントだった、と語りました。

その後の質疑応答では聴講者から様々な質問が寄せられ、例えば「もし今マーブルマッドネスをリメイクするとしたらどういうゲームにするか」という質問には「もしマーブルが現実世界に登場したらどうなるか、を描いた心理アドベンチャーゲームにする、まぁ作らないと思うけどね」と答えて会場を笑わせました。また、クリアまで4分しかかからないゲームをどう思うか、という質問には「当時の制約からするとああせざるを得なかった、ただしコンセプトが明白なため普遍性があり、25年経った今でも(筐体が置かれているゲームセンターでは)プレイされている」とそのデザインは間違っていないと答えていました。
《今鳩越前》

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