
『黒い砂漠』を手がけたPearl Abyssがおくる新作のアクションアドベンチャー『紅の砂漠』では、オープンワールドの世界「ファイウェル大陸」が舞台となります。
豊かな自然に囲まれた城や城下町のエルナンド領をはじめ、北部の山々や遺跡など多彩なロケーションが登場する本作。自由度の高いバトルアクションだけでなく、広大なマップを探索できるのも大きな特徴です。
とにかくいろんなロケーションや衣装がある本作。今回はそんな『紅の砂漠』の“中世ファンタジー”を感じる部分に着目し、本作の世界観をより深く楽しむため、歴史学者の仲田公輔先生に質問攻め!ゲーム内に登場するものから、当時の価値観まで、たくさんお訊きしました。
『紅の砂漠』公式サイトはコチラ!リアルな建築とファンタジーの調和、人々の暮らし―「ファイウェル大陸」の世界に迫る
今回、Game*Spark編集部と筆者に中世の解説をしてくださったのは、現在は岡山大学で准教授を務める仲田公輔さん。かつて存在した「ビザンツ帝国(東ローマ帝国)」の歴史や、その周辺地域をテーマに研究を続ける、ヨーロッパ史のスペシャリストです。
そんな仲田さんと『紅の砂漠』のプレイ映像を一緒に見つつ、デザインや文化など気になったポイントにたくさん答えていただきました。

ーー拠点では兵士が集まっていますが、兵士の甲冑や衣装について、どのような特徴がありますか。
仲田公輔さん(以下、仲田):おそらく、中世後期の装いという印象を受けました。兵士たちが着ているの甲冑は「板金鎧」と呼ばれるタイプで、とくにその中の胸当て部分が独立しているものです。強力なクロスボウや弓矢を防ぐこともできます。
鉄を作る技術が発達した時代でないと作れないもので、実際のヨーロッパでは中世のかなり後半の時代に登場します。それ以前の時代では、12世紀からは鎖帷子(チェーンメイル)が主流でしたが、次第にこういった板金の鎧が使われるようになったんです。

ーー兵士の服装に青い色が使われています。あまり中世に青というイメージが無かったのですが、当時から存在していたのでしょうか。
仲田:当時から青という色自体はあったと考えられています。中世の青や表象をテーマに研究している人もいますし、場所によっては大事な意味合いを持っているのかもしれません。実際の西洋中世では、青はタイセイというヨーロッパに自生する植物から染料を作ることができ、衣服などによく使われる比較的ポピュラーな色でした。
ただし、濃い青を作るには何度も染めなければならなかったので、身分の高い人でなければ使えなかったと言われます。

ーーなるほど、そうなのですね。色といえば、盾の模様も気になります。イラストなどでは盾に派手な紋章やデザインが見られますが、どういった意図があるのでしょうか。
仲田:紋章を前面に出すことで、自身や所属などを明らかにアピールするという目的があります。特に、中世のヨーロッパの騎士は全身を鎧で覆っていて、顔も隠れているので、言ってしまえば「誰が誰だか分からない」状態なんです。だから、ひと目みて所属がわかるようにする必要がありました。
盾の形についても凧に似た「カイトシールド」の形状で、典型的な中世のデザインといえます。


ーー食べ物について、パンやチーズのようなものが見られますが、中世ではどういったものが食べられていましたか。
仲田:パンやチーズは中世でよく食べられていたものですが、大きく分けてヨーロッパの北と南では、食生活が大きく異なります。
北ヨーロッパでは小麦よりもライ麦や大麦が主となっていて、食べられているパンの素材が異なるという特徴があります。アルプスより南の小麦が取れる地域ではパンからカロリーを摂取できていましたが、大麦がメインの地域では大麦をエールやビールにするのが、一番よいカロリーの摂取手段でした。
よって、南ヨーロッパのブドウがとれる文化圏ではワインが中心に、大麦の文化圏ではビールが中心という食文化の違いがあるんです。
ーーお酒にも違いが……。ゲーム内では「干し肉」といったアイテムも登場しますね。
仲田:冷蔵庫は当然存在しなかったので、ベーコンのような塩漬けや燻製といった手法で肉を保存して食べられていました。

ーー風景や全体の雰囲気なども、中世の後期に近いイメージがありますか。
仲田:そのような雰囲気がありますね。というのも、馬に「鐙(あぶみ)」が付いているのが注目したいポイントです。鐙はヨーロッパでは8世紀ごろから登場していて、それ以前の時代には見られていません。鐙など馬具がしっかりとしているということは、ある程度後期の時代なのだと思います。
※編注:「鐙(あぶみ)」……馬に乗るためや、騎乗中に足を乗せるための馬具。鞍に装着する。

ーーなるほど、我々にはなかった視点です。山岳地帯には雪が見られる一方、主人公「クリフ」のいるあたりの地域は緑が豊かです。中世当時の植生や環境はどういったものだったのでしょうか。
仲田:森を切り開いているのも中世らしさを感じます。今ではイメージできないかもしれませんが、11~12世紀ごろまでは大半が森林に覆われていました。ところが、12~13世紀頃、ヨーロッパがとても温暖で人口が増加した時代に、「大開墾運動」が起こり、森を切り開いて街や耕作地などを作っていったという経緯があるので、このような景観はかなり中世ヨーロッパ的な風景といえます。
一方、14世紀になると気候が変化して、雨が多くジメジメするようになり、これがペストの流行にも影響したとも言われています。

ーー建物についてはいかがでしょう。屋根から飛び出た窓はどういった役割を持っていますか。
仲田:シンプルに、屋根裏のスペースを活用するために窓が付けられています。現代のヨーロッパの家にも同じものは多くみられ、屋根になっている部分も部屋があります。一見すると一階建ての家に見えても、実は二階建てという家も結構あります。二階以上がある建物は、農村では稀でした。
他方で、都市は都市で、スペースが限られているので、建物がどんどん上に伸びていくという特徴がありました。中世の建物は意外と背が高く、大都市では五階建ての建物なんかもあったりします。
ーー建築様式などについても教えてください。石造りの家が主流なのでしょうか。
仲田:時代地域によりますが、石材に恵まれている地中海地方には多く見られました。他方で、中世の家をイメージしたときに思い浮かぶ、「ハーフティンバー」と呼ばれる柱や梁が壁面に出ている様式もゲーム内に登場していますね。中世後期にかけてみられ、今でも現存する建物が多くあります。
石造りの土台や1階部分の上に、木組みの上部構造を乗せ、木組みの合間を石や土で埋めるというものです。石材の入手が比較的限られていた北ヨーロッパによくみられる様式です。当然、木材が多いと火災に弱いという欠点はあるのですが。
また、ヨーロッパの建物は基本的に夏よりは冬を意識して作られていて、窓が少なく重厚感があるのが特徴です。


ーー「エルナンド領」の町並みについて、当時としては栄えている都市なのでしょうか。
仲田:かなり中世ヨーロッパのなかでも栄えている都市だと思います。多くの人々が集まり、建物も並んでいます。
当時のヨーロッパで“都市”と呼ばれるところでも、人口は数万から数千人程度が普通だと言われていました。ごく一部の例外として、パリなどは10~20万人を越える程度の規模でした。

ーー住んでいる人々の階級や街のつくりなど、その他気になる部分はありますか。
仲田:中世の街のあり方にも色々ありますが、よくあるパターンはの一つ城とその周りが「ブール」と呼ばれる城下町に発展するかたちです。ヨーロッパの都市で、ドイツ語で「〇〇ブルク」とかフランス語で「〇〇ブール」という名前をよく見かけるかと思いますが、それとおなじ語源です。
初期の中世では各地にさまざまな勢力が点在していて、城の主が見渡せる範囲が支配の及ぶ最小単位になっていました。城の周りに人が住む場所が作られていったので、実際もこのエルナンド領のような景観になっていたのではないかと思います。

ーー城の構造などでは、どういった特徴がみられますか。
仲田:当時の城は領主とその一族が暮らしていました。城の設計思想は時代とともに変化していて、大砲がない時代には投石機からの攻撃を防ぐため、高い城壁を築いていました。
また、城壁に備え付けられた「側防塔」という出っ張りの塔がありますが、これも曲線を描いているのがまさに投石機と戦うことを前提に設計されています。曲線を多く用いることで、石が当たった際に被害が及ぶ面積を減らす工夫があります。


ーー城内の内装などに中世らしさはみられますか。
仲田:「交差ヴォールト」という建築様式に似ていますね。ゴシック様式ではよく見られるアーチとアーチが交差している構造です。てっぺんが尖っているので、背が高いといった特徴があります。
また、塔の中に螺旋状の階段があるのも特徴的です、今でもヨーロッパの教会や城などでは見られる構造で、私は結構登るのが好きです(笑)。
ーー確かに、塔の階段はよくあるイメージです!城内にはシャンデリアもありますが、当時から存在していたのでしょうか。
仲田:時代的にはあり得るものです。私が研究している東ローマ帝国でも存在していました。というのも、皇帝を暗殺しようと殴りかかった暗殺者の鈍器が、シャンデリアに引っ掛かって未遂に終わったという事件が記録されているからです。

ーー当時、水路や下水処理はどうなっていたんですか。
仲田:近代になるまで水道は整備されていなかったと思います。トイレについても、建物の中ではなく庭などに置かれていることもありました。
ただし、中世の人々の水回りが不潔だったというイメージについては行き過ぎている部分もあります。12~13世紀頃になると、特に都市では公衆浴場が整備されていたことが知られています。
ーーNPCなど人々の見た目も特徴が異なりますが、当時はどれくらいの多様性があったのでしょうか。
仲田:当時は、我々が思っている以上に人々の見た目は多様だっただろう、というのが最近の考え方です。人の移動もかなりあったとされています。

ーー本作にはファンタジー世界らしい種族も登場しますが、中世ヨーロッパではエルフやゴブリンのようなファンタジー的存在の概念はあったのでしょうか。
仲田:中世においても、そのような考え方はありました。しかし、我々がイメージする「エルフ」や「ゴブリン」のイメージは明らかに近代以降に作られたもので、RPGなどの創作に大きな影響を与えたのは「指輪物語」に登場するエルフなどのイメージです。
実は、漫画「ベルセルク」に登場するエルフは当時のエルフ像に近いんです。中世のエルフは小さくて、イタズラをするイメージがでした。今で言うところの、妖精のような存在ですね。人には見えず周囲を飛び、人々に害を加える存在であったことから、原因不明の病気や痛みに対して「エルフに射られた」という言い回しが存在していたようです。

ーー「魔法」は当時どのように捉えられていたのでしょうか。
仲田:魔法、というより魔術と言ったほうがいいかもしれませんが、これはいうなれば、神以外に由来する超自然的な力です。これを使うことは基本的に悪いものだと考えられていて、取り締まりを受けることになります。
中世後期以降に見られる「魔女狩り」が行われたのも、魔術が迷信だからというわけではなく、魔術を使って悪事を働いていると思われていたからです。魔法の存在自体は信じられていました。
ーー魔法ときくと、いわゆるファンタジー作品で「ファイア!」と火を放つ……というようなイメージがありますが、実際にはどういった魔法が信じられていたのでしょうか。
仲田:よくあるのは“空を飛ぶ”ということです。これは魔女の証としても捉えられていました。

ーーそもそも、魔女とはどのようになるものなのでしょうか。自分から魔女になろうと思って、なるのですか。
仲田:これは完全にケースバイケースですが、基本的には周りが魔女と見立てます。証人が二人以上いれば魔女だとみなされ、有罪になってしまうこともありました。先程も話したように、空を飛んでいたり、魔法を使って人に危害を加えるということが、魔女だと判断される材料になっていたようです。
ーー人々の宗教観はどういったものなのでしょうか。
仲田:中世初期には末端までキリスト教が浸透していませんでした。その後13世紀頃になると「托鉢修道会」が登場して街の人々に教えを説くようになり、それ以降はかなり標準化された信仰が末端まで行き届くようになりました。
ーー修道女はどういった立場の人がなるのでしょうか。
仲田:基本的には「修道誓願」といって、修道女になるための清貧・貞潔・従順の誓いを立てて修道院に入り、修行をしながら暮らします。どこかの修道院に属しているのですが、12~13世紀ごろには自分たち独自でやろうという運動も起こり、教会と対立することもありました。

ーー当時の人々の死生観は、どのように考えられていたのでしょうか。
仲田:当時は死ぬことそのものよりも、「死に方」が大事だと捉えられていたようです。人が死ぬ時に「終油の秘跡」というものを聖職者から受けることで、安心して天国に行けると考えられていました。
一方で、突然死というものをすごく恐れていたようです。秘跡を受けられないまま死んでしまうと、死後救済されないと考えられていました。

ーーなるほど、死に方が大事なのですね……。「天国」や「地獄」という概念もあったのでしょうか。
仲田:もちろん、キリスト教的に存在する概念です。ですが、中世にはもともと聖書にはない概念として、「煉獄」という概念が加わりました。地獄へ行くほどではないものの、煉獄で罪を償って苦しい思いをすればもしかしたら救われるかもしれない、という考え方が生まれたのは中世の時代です。
『紅の砂漠』公式サイトはコチラ!ーーさきほどはファンタジーの話もありましたが、幽霊も信じられていたのでしょうか。
仲田: キリスト教の考え方としてはあまり一般的ではないと思います。異教時代には死者の霊が忌避され、墓地が居住地から遠ざけられていたのに対し、キリスト教化が進むと埋葬地は居住地の中にある教会の周りに移動していきます。
しかし、創作や物語のなかでは幽霊は登場します。キリスト教が普及する以前の土着の文化などを引き継いでいることで、幽霊や墓場から死人が出てくるという考え方が話の中に用いられているのだと思います。

ーーおそらく当時は病で亡くなることも多かったのではないかと思います。当時の医療水準はどのくらいのレベルでしたか。
仲田:当然、現代の医学と比べれば水準は低く、今では否定されているようなこともかなり行われていたようです。ただし、一般的なイメージのように「中世は医療水準が低かった」かと言うと、そうではありません。
中世の医療は基本的に古代ローマやギリシャの医療文化を引き継いでおり、具体例として挙げられるのは、人間は4つの体液によって構成されているという「四体液説」の考え方です。それぞれの体液のバランスが崩れると病気になるとされていて、バランスを整えるために身体を暖めたり、食材を選んだりという考え方は中世にも引き継がれていました。

ーー手紙に蝋が使われていますが、手紙の印章について教えてください。
仲田:印章の文化はもちろん中世にもあり、蝋も使われていましたが、多かったのは鉛の印章です。ヨーロッパの古文書館や博物館では、鉛の印章が文書に紐でぶら下がっている姿のものがよくみられます。
そのほか、偉い人は金の印章を使用していたケースもあります。印章を付けることで、実際にその人物が出した文書であることを証明する文化がありました。また、当時は紙という媒体が貴重だったので、手紙には大事なことをかいつまんで書きつつ、残りは伝令が口頭で伝えるという形式もあったとされています。

ーー金についての話題がありましたが、当時の金はどういった扱いだったのでしょうか。
仲田:西ヨーロッパ圏は基本的に銀経済で、それに対して東ローマなど東地中海地域は金の経済圏でした。有名なヨーロッパの経済史の本で「金と香辛料」というものがありますが、金と香辛料は遠隔地交易で最も儲けが良い品物とされていました。少ない量で多くの利益を生み出せるので、交易においてはかなり重宝されたものです。

ーー中世といえば山賊や盗賊のイメージもありますが、実際に多く存在していたのでしょうか。
仲田特に中世後期の時代には多くみられました。この時代には領主が戦争で傭兵を雇うようになりますが、戦争が終われば傭兵は用済みの存在になってしまいます。職を失った傭兵が生活に困って盗賊活動をはじめ、治安問題になることはよくあるケースです。

ーー商会というのはどのようなものでしたか。
仲田:商人の商会、いわゆる「ギルド」というものが存在しています。商人はよそに出かけて商売をするため、仲間を作ってネットワークを構築したり、出先で拠点を作ったりすることが大事でした。

ーー本も登場しますが、人々の識字率はどれぐらいだったのでしょうか。
仲田:基本的に本を読める層はかなり限られていたと思います。中世ヨーロッパの人口は90%以上が農民とされていて、さらに文字を読み書きできる人はごく僅かです。
ただ一方で、キリスト教やイスラム教のような聖典が存在する宗教を信仰する地域では、聖職者が読み書きをしなければいけないため、聖職者の識字率は一定に保たれていたという考え方もできます。

ーー当時、犬は飼われていたのでしょうか。
仲田:犬はいました。猟犬などふくめて一緒に暮らしていたということだと思われます。

ーー愛玩動物として、猫を飼う文化もあったのでしょうか。
仲田:猫は時代地域によりますが、近世や近代になって“猫観”はかなり変わったと言われています。それまでの猫は“忌むべき存在”のようなマイナスなイメージが強く、可愛らしい猫のイメージが出てきたのは、比較的新しい時代のことだとされています。
ただ、猫はネズミを捕るのに役立ちますので、害獣対策には用いられていたようです。

ーー『紅の砂漠』ではリアルでハイクオリティなグラフィックが魅力の一つですが、仲田さんの視点から見て、本作の“中世らしさ”の雰囲気や再現度はどう感じますか。
仲田: もちろん、お話を盛り上げるために必ずしもリアルに寄せている部分だけではなく、さまざまな面白い要素が取り入れられていますが、石造りの街の雰囲気や、森を切り開いて作られている景色などは“中世らしさ”を感じました。
歩いている人々の武器や防具といった装備品もしっかりと中世らしさが表れていて、綺麗なグラフィックで描かれているので非常に中世のイメージが掴みやすいはずです。また、人名や地名もヨーロッパ風のものが多く、架空の世界ながらも中世ヨーロッパに似た世界であることを感じ取れるようになっていると思います。


――興味深いお話をありがとうございました!
今回は歴史学者の仲田公輔先生に質問攻めをして、『紅の砂漠』で描かれる中世ファンタジーの世界に関するさまざまな要素を見てきました。本作では中世の要素が各所に散りばめられたデザインで、「これは……ハーフティンバー様式!」「コイツは板金鎧を使っているな~」など、建築様式や当時の装束に着目しながら冒険をすると、より一層楽しめること間違いなしです。
美麗なグラフィックにより壮大なスケールで描かれる「ファイウェル大陸」ですが、空を滑空できる要素もあるので、上から景色を眺めていると新たな発見があるかもしれません!

『紅の砂漠』は、PC(Steam/Epic Gamesストア)/Mac(Mac App Store)/PS5/Xbox Series X|S向けに、2026年3月20日発売予定です。
『紅の砂漠』公式サイトはコチラ!













