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【CEDEC 2013】技術と作家と演出家の組み合わせで新しい価値を創造したい・・・『宇宙兄弟』の編集者とAR三兄弟の長男が語るエンタメ未来像

CEDEC2013は8月21日、基調講演「クリエイターと社会のつなぎ方~アイディアをリアルに」で幕を開けました。

ゲームビジネス その他
AR三兄弟の川田十夢氏(左)とコルクの佐渡島庸平氏(右)
  • AR三兄弟の川田十夢氏(左)とコルクの佐渡島庸平氏(右)
  • コルクの佐渡島庸平氏
  • AR三兄弟の川田十夢氏
  • 会場は朝からほぼ満席となった
  • 会場は朝からほぼ満席となった
  • 会場は朝からほぼ満席となった
  • マーカーから飛び出す『ARビーム』
  • 瞳からビームが出る『眼力王』
CEDEC2013は8月21日、基調講演「クリエイターと社会のつなぎ方~アイディアをリアルに」で幕を開けました。登壇した株式会社コルクの佐渡島庸平氏はインターネット時代において、それまでの社会とはエンタテインメントの受容スタイルが大きく変化していることを分析。これを受けて未来開発ユニット「AR三兄弟」の長男、川田十夢氏が、AR(拡張現実)技術を用いた作品群を紹介しました。そして両者が共同で手がけた作品が紹介され、新時代のエンタテイメント像について存分に語られました。

佐渡島氏は講談社週刊モーニング編集部で『バカボンド』『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』などのヒット作を担当した後、2012年9月に独立。同年10月にクリエイターのエージェント会社、コルクを設立しました。一方、川田氏はメーカー系列会社勤務を経て、2010年に独立。以後「AR三兄弟長男」として『拡張現実オーケストラ』や、コカ・コーラの自動販売機を拡張する『AR自販機アプリ』を企画・設計するなど、ジャンルに囚われない幅広い創作活動を続けています。

冒頭で佐渡島氏はインターネット時代の到来を明治維新になぞらえて説明し、ネット上のエンタテインメントの基本フォーマットがこの数年間で規定されると予測。「講談社は何でもやらせてくれる、非常に良い会社だったが、一人の方が時代の変化をより敏感に感じられる」と独立の理由を説明しました。その上で独立前から自分の中で渦巻いていた「もやもやとした思い」が川田氏との出会いで解消され、ぜひ一緒に仕事をしたいと口説き落としたというエピソードを披露しました。

佐渡島氏がインターネット時代の到来で感じた変化とは、一つには「漫画・小説・映画・テレビといったエンタテインメントにおけるジャンルの境界が、どんどん溶けていること」。そしてもう一つは「おもしろさの価値基準が『絶対値』のみで計られる時代から、『絶対値×親近感』の二軸で計られる時代になった」ことです。

前者を象徴するのがスマートフォンの普及で、あらゆるデバイスがスマホ一台で統合される時代が到来しました。消費者の財布は1つしかなく、一日も24時間しかありません。コンテンツの細分化は作り手側の都合でしかなく、消費者はとっくに、あらゆるコンテンツを等価で捉えていると佐渡島氏は分析します。

後者についても「コストをかけて編集された週刊誌の記事より、twitterのタイムラインの方に目が奪われてしまう」と自身の変化を説明。その理由について、個々のツイートはコンテンツとしてのクオリティが低くても、身近な人の書き込みであるため、親近感が大きく異なることに気づいたと語りました。そして、この二つの変化にどのように対応したら良いか考えていた時に、川田氏との出会いがあったと言います。

一方で川田氏は「いろんなものの境界を溶かすことが自分の仕事」と自己紹介し、現実と仮想を融合させる手段の一つとしてAR技術を活用していると説明。返す刀で「多くの人はARを『スマホをかさずと何か飛び出してくるモノ』としか捉えていない」と一刀両断しました。そのうえで自身が手がけたさまざまなAR作品を紹介しつつ、「ARを使って様々なモノを『省略』することで、社会を変えていきたい」と説明されました。

作品その1は『ARビーム』で、PCに接続されたウェブカメラの前でマーカーをかざすと、画面上でマーカーからビームが発射されるというもの。この拡張例として、顔やイラストなどを認識して目の位置からビームが発射される『眼力王』が紹介されました。さらに漢字マーカーをかざすと対応した音楽が再生され、マーカーを回転させるなどして再生速度や音量を調節できる『カンジブルコンピューティング』も紹介。このようにARは必ずしもマーカーが必要なわけでも、スマホをかざすと何かが飛び出してくるといった単純なものでもなく、さまざまな広がりがある技術だと語られました。

■コンテンツを宿らせる場所は無限にあり、ARで取り出せる時代

「入力と出力と通信環境があれば、何でもARになります」と川田氏は言います。その好例が2012年秋に大阪・梅田の阪急百貨店の9階から12階にある吹き抜けフロア「祝祭空間」で披露された『拡張現実オーケストラ』です。フロアには指揮台と大型ビジョンが設置され、画面には大階段に座っているお客様の姿が表示されています。ここでお客様が指揮台にあがり、指揮棒をかざすと館内のBGMがピタッと鳴り止み、画面のお客様が一瞬にしてフルオーケストラに変化。オーケストラの演奏が始まります。指揮棒の動きにあわせて演奏の速度が変わるのは言うまでもありません。ここでは指揮棒(入力)と画面表示&サウンド(出力)がネットワークで接続されています。

もっとも佐渡島氏はポイントはコンテンツの巧みさだけではなく、普通の買い物客が指揮者となってオーケストラの指揮をしている「親近感」との掛け合わせで、もとの魅力が倍増している点にあると解説しました。単に指揮にあわせて画面上でオーケストラが演奏するだけでは、家庭用ゲームのコンテンツ力にはかないません。しかし、それがデパートの催事スペースという空間で、同じ買い物客が演奏しているという条件がかさなることで、魅力が何十倍、何百倍にも拡大しているというわけです。

ちなみに本作で用いられた技術は感圧センサーと動体検知プログラムなどで、いわば「枯れた技術の水平思考」。川田氏もまた十字キーの発明などで知られる、故・横井軍平氏の大ファンだと言います。これに対して佐渡島氏も「はじめGoogleGlassにときめいたが、『眼鏡にブツブツいったり、つるを撫でたりして、何が楽しいのか』と指摘されて冷静になった」とコメント。技術を少しずつ進歩させて、結果として作り手のエゴを押しつけてしまうよりは、今ある技術の組み合わせで、お客様視点に立った新しいモノ作りを行うことが大事だと補足しました。

佐渡島氏は「技術と作家と演出家を組み合わせて、何か新しい価値を提供したい」と語ります。その一例として紹介されたのが、AR三兄弟と『宇宙兄弟』、そして音楽バンド「真心ブラザーズ」がコラボして制作されたiPhoneアプリ『宇宙真心AR』です。これは『宇宙兄弟』単行本20巻の表紙カバーをマーカーとしたAR作品。iPhoneをかざすと、表紙イラストが描かれていく様子が逆再生されたり、iPhoneをかざすと月の向きが探知できます。月の方角をロックすると、主人公のムッタが月から放送中という設定のラジオ番組が聴けたり、といったコンテンツが楽しめます。

なお本アプリについても「楽しめる時間が短いから、価値が小さいわけではない」と川田氏は指摘。ファンが握手券を求めてAKB48の音楽CDを購入するように、コンテンツの外側にある価値を作品に中に宿らせて、ARをきっかけに提示させたかったと、制作意図について説明されました。これに対して川田氏も「最初は1分程度の見世物だった映画が、俳優や脚本家や監督といった、さまざまな才能が集まることで、2時間の長編ドラマという形式に昇華した」とコメント。今のAR作品はまだ萌芽にすぎず、これから漫画家や作家、そしてゲーム開発者といった、さまざまな才能が集まることで、今の映画のように優れたコンテンツに育てられると語りました。

コンテンツを宿らせる場所が無限にあり、ARでそれらを自在に取り出して楽しむことができる時代が到来したと佐渡島氏はいいます。AR三兄弟が手がけた、コカ・コーラの自動販売機をマーカーにしたARアプリ『自販機AR』はその好例です。川田氏も今は全ての自販機で同じコンテンツが表示されるだけですが、場所や時間帯、天気などによって、それぞれ異なるコンテンツを表示させたり、クエストを進めたりといったゲームが可能になるだろうと言います。自動販売機は一例に過ぎず、文字通り「現実社会のさまざまな場所を遊び場に演出できる時代」が到来しつつあるというわけです。

佐渡島氏は「日常生活のすべてをゲームとして、文字通り自分自身が主人公として遊ぶことができる、文字通り『人生はゲームだ』と言えるコンテンツを作りたい」と語ります。そのためにはゲーム業界をはじめ、さまざまなジャンルの知見が不可欠であることは、言うまでもありません。そのうえで、共にコンテンツの境界を崩して作り上げていきましょうとまとめられました。
《小野憲史》
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