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【CEDEC 2008】稲船敬二氏が語る「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」

CEDEC2日目の基調講演に登壇したのは、カプコンの名物プロデューサーとして有名な稲船敬二氏です。稲船氏は「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」と題して、現場のスタッフがクリエイターと経営者の双方の視点を持ちながら開発を行う重要性について、「稲船節」全開で、会場から笑いを誘いつつ語りました。

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【CEDEC 2008】稲船敬二氏が語る「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」
  • 【CEDEC 2008】稲船敬二氏が語る「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」
CEDEC2日目の基調講演に登壇したのは、カプコンの名物プロデューサーとして有名な稲船敬二氏です。稲船氏は「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」と題して、現場のスタッフがクリエイターと経営者の双方の視点を持ちながら開発を行う重要性について、「稲船節」全開で、会場から笑いを誘いつつ語りました。

稲船氏は「ロックマン」「鬼武者」シリーズのプロデューサーとして、ゲームファンには有名なクリエイターです。4年前から同社の開発を統括し、最近では「デッドライジング」「ロストプラネット」を世に送り出した人物として知られています。両タイトルが北米でミリオンセラーを記録し、「ロスト〜」のハリウッド映画化製作にまで繋がったのは、氏の強力なリーダーシップなしには考えられなかったでしょう。

はじめに稲船氏は「今日の講演タイトルは、常に自分が考えていること」と述べ、プロデューサーとしての信念や、考え方のようなものを講演内から汲み取って欲しいと切り出しました。

ゲーム開発はクリエイティブな行為で、ゲーム雑誌のインタビューなどには、クリエイターの「こだわり」や執念が満載されています。しかし、稲船氏は「それが正義のように語られているが、ビジネスという、クリエイターがあまり考えたくないことも、すごく大事だと思っている」と指摘しました。これがタイトルの「ゲームというビジネス、ビジネスというゲーム」に繋がるというわけです。

もっとも、クリエイティブとビジネスは本来、矛盾する行為です。稲船氏としても、「開発中のタイトルを今期中に間に合わせて欲しい」などと言われると、煩わしいと思うそうです。しかし、ここ数年、この矛盾とどう向き合うかが、成功の鍵と感じるようになってきたとのことでした。「カプコンは面白いことをやっていて、外部からは羨ましく思えるかもしれないが、実はビジネスのことをすごく考えていて、これが新しいモノを作る原動力になっている」(稲船氏)。

稲船氏は「矛盾はヒットのキーワード」だと続けます。例に出したのが「女性にもてる方法」でした。女性誌のアンケートなどには、好きな男性のタイプとして、常に「優しさ」と「頼りがい」が上位にランクインします。しかし本来これは矛盾する内容で、男性は優しければ頼りなくなり、頼りがいがあれば女性をけなす方向にいきがちです。実際「優しくて頼りがいのある男性」がいたら、必ず女性にもてるのは言うまでもないでしょう。ビジネスとクリエイティブについても両立が重要で、稲船氏は無理だと思考停止をせずに、全クリエイターが考えるべきだと指摘しました。

■苦しいときほどリスクを恐れない

ここから稲船氏は、カプコン再建のエピソードについて語りました。稲船氏が開発統括を任された当時、カプコンは有名クリエイターの退社などもあり、「どん底状態」(稲船氏)で、株価も低迷していました。これを立て直す過程で、この「矛盾」から逃げずに、向き合う重要性に改めて気づかされたといいます。「どん底の時、経営サイドはリスクを回避してくれと言う。8〜9割が続編で、1〜2割がオリジナルという意味だが、僕は「はい」と返事をしつつ、それを逆に実行した」(稲船氏)。これが「デッドライジング」「ロストプラネット」の大成功に繋がったのは、言うまでもありません。

稲船氏は「苦しいときほど新しいチャレンジが大切」だと続けます。現場の開発者が疲弊している時に、単に「頑張れ」といっても意味はないが、開発者はクリエイティブ集団なので、新しいことや楽しいこと、つまり「新世代機でオリジナルタイトル」といった課題を与えると、意外と奮起するというわけです。もっとも、これは非常に高いハードルで、経営陣にとっても大きなリスクです。人は未来について保証を求めたがるものですが、未来は誰にもわかりません。時には嘘をついてでも押し通すことが重要だと語ります。

もっとも、こうした話を聞くと「稲船さんだからできることで、自分には無理」と感じる人も多いでしょう。この時点で自分に負けていると指摘しました。稲船氏は「クリエイターには甘えている人が多い。自分たちはクリエイティブな才能があるが、経営者に言っても無駄と、自分の殻に閉じこもってしまう」と続けます。先ほどの例で言うと「優しいけど頼りない人が多い」というわけです。

ほとんどの経営者はそれとは反対です。「経営者はゲームよりも諭吉(お金)が好きで、諭吉をいかに増やすかが、彼らにとってのゲーム性」だと笑いを誘い、「一般的に頼りがいがあるけど、偉そうで、優しくない人が多い」と述べました。どんな優秀なビジネスセンスを持った人が経営者になっても、それだけではヒットゲームが生まれないのも、これが遠因というわけです。その上で「クリエイターと経営者が、互いに理解しようとする姿勢がない点が、ゲーム業界の一番悪いところ」だとコメントしました。

実際にビジネスとクリエイティブの双方の才能があれば、ゲームは必ずヒットするでしょう。しかし、それが希有な例であることは、言うまでもありません。稲船氏もまた自分が凡人の一人だと述べた上で「常にみんなは諦めるが、僕は諦めたくない」と強く語りました。たとえば海外で売れる作品作りは、日本では敷居が高いのも事実です。北米で人気があるFPSも、日本の開発者にとっては、自分たちが3D酔いしてしまうこともあって、モチベーションが抱きにくいものです。結果として、自分たちが得意なゲームジャンルに向かいがちになります。そこで無理だと決めつけていいのか、というわけです。

稲船氏は「無理」という言葉を、なるべく排除して仕事をするのがモットーだと語り、どうやって経営陣に理解してもらうか、努力を怠らないと続けました。経営サイトに歩み寄る手段の一つとして、携帯電話で自社の株価をまめにチェックするようにもなったそうです。自身は株をあまり持っておらず、買いたいとも思わないが、株価をチェックすることで、経営者の考え方や、世間の評価もわかります。「クリエイターは全員、ゲーム業界の株価を見て、比較してみると良い。ただし任天堂は比べるだけ無駄なので注意(笑)」(稲船氏)。

経営以外の分野においても同様です。ゲームを作る上でゲームに詳しいことは、自慢にならないと良くいわれます。もっとも漫画や映画、マーケティング、広告と、クリエイティブな分野から離れるほど、自分には関係ないと思ってしまいがちで、それではダメだというわけです。稲船氏にとって、最近衝撃を受けたのはiPhone 3Gでした。世間の評判からiPhone 3Gを購入したが、ことのほか使いこなす上で難易度が高く、説明書もないなど、ある種の常識からかけ離れていることに驚いたそうです。しかし、今までの携帯電話と比べるからつまらないのであって、攻略することがゲームだと思えば、すごく楽しくなりました。そして、これが世界と日本の大きな差だと気づかされたと言います。

「形式や建前に囚われない動きをする人々が海外にはいる。特にフロンティア精神に富むアメリカ人には多く、これが世界を動かしている部分がある。これに日本がついて来ておらず、ゲーム業界も同じだ。海外のゲームを研究する上で、僕もわりと柔軟性を深めたと思っていたが、iPhoneでさらに目が覚めた」(稲船氏)。

■ブラジルに3点リードしたら、どうするか

最後に稲船氏はサッカーの試合にたとえて、現状を説明しました。仮に日本とブラジルが試合をして、前半を0-3とリードされて折り返したとします。ここで守備を固めるのが凡将、思い切って攻撃させるのが名将だといます。3点リードされた時点で、これ以上守っても意味がないというわけです。しかし日本のゲーム業界がやっているのは、3点リードされたにもかかわらず、いまだに閉鎖的で保守的で、守備重視だと指摘します。負けているからこそ、攻めに転じる必要があるのにです。

逆に前半を3-0でリードしたらどうでしょう。凡将ほど守りを重視しがちです。その結果ブラジルの嵐のような猛攻撃を45分間も受け続けることになります。自分が監督なら、リードしているからこそ、攻撃を指示すると述べました。攻撃して守備の時間を減らした方が、逃げ切るチャンスも増えます。攻撃は最大の防御というわけです。

稲船氏は「今のカプコンは日本がブラジルに3点リードした状態」だと自己分析しました。株価も1000円だった時代から3000円以上になっています。その上で守りに入らずに、もっとリスクを取って、攻め続けたい。その一つとして、開発人員を増やして、海外の大手パブリッシャーと互していきたいと私見を述べました。同社の開発体制は約600名で、これでは1000人規模の企業とは肩を並べられません。そのためスタッフは常にフル稼働で、申し訳なく思っていると言います。

本来なら開発陣を増強して、良質なタイトルを数多く世に出していきたい。しかし、これには人員増による固定費の増加を恐れて、なかなか経営陣が頭を縦に振らないそうです。それでも、いろいろと話をしながら、自分自身が戦っているところだと言います。「桶狭間で今川を破った規模のまま、全国制覇に乗り出す信長のような状態」だと認めながら、「しんどいけど、あきらめない」と述べました。

「良い物を作るために遅れて何が悪い」。昔のカプコンには、こうした風潮があったと稲船氏は述べます。しかし、これは「甘え」だと切り捨てました。その時にも、きちんと経営陣と向き合って、数字で説得しないとダメだと言います。一方で経営者もクリエイターに対して耳を傾ける必要があると指摘しました。稲船氏は「経営や数字はそんなに難しい話ではなく、ゲームを作る力があれば理解できる」と述べます。

一方で日本のゲーム業界には、大ヒットを出した時の個人報酬が少ない点にも触れ、ストックオプションなどのシステムの不備を指摘。これが経営とクリエイターが交わらない理由の一つにも上げました。こうしたシステムも徐々に変えていきたいと稲船氏は語ります。「世界から3点を取ったカプコンが、4点、5点目を取れるのか。これから4〜5年先の取り組みを見てもらいたい」と述べ、基調講演が締めくくられました。
《小野憲史》
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