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【GDC 2014】ゲームの社会批判に答えるにはプロの開発者団体が必要 ― IGDAの創始者が語る20年間の軌跡

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今年で20周年を迎える国際ゲーム開発者協会(IGDA)。創設者のアーネスト・アダムス氏は「Herding Cats Doesn’t Begin to Describe: Reflections on 20 Years of the IGDA」と題したセッションで軌跡を振り返りました。

アダムス氏がはじめて「ゲーム」に触れたのは小学生の頃で、米カリフォルニア州バークレーにあるサイエンスミュージアムのこと。もっとも当時は「テレビ」ゲームではなく、テレタイプでプレイするものでした。キーボードでコマンドを入力すると、その結果がモニタではなくテレタイプに印刷されて表示され、それを見てまた別のコマンドを入力する・・・といった具合に進めていくのです。

今から考えれば気の遠くなるようなインタラクションですが、それでも「スタートレックの登場人物になったかのような気分だった」と言います。

高校を卒業してスタンフォード大学に進んだアダムス氏は、コモドール社のPET 2001でBASICなどを習得し、次いでDEC社のミニコン「SYSTEM20」でコンピュータ工学を学びました。その後シリコンバレーでシステムエンジニアとして半導体の設計などに従事する一方、趣味でテレビゲームに触れていました。しかし当時はATARI2600の全盛期で、開発欲をそそるものではありませんでした。

時代が下って1989年、インテル386CPUが普及し始めた頃、時機到来とみたアダムス氏はゲーム業界に転職。メガドライブでゲームプログラムを手がけることになります。当時アダムス氏は計算機科学の国際学会であるAssociation for Computing Machinery (ACM)に所属し、Design Automation Conferenceなどに参加していました。そのため当時のゲーム開発は「ソースがスパゲッティで、動きさえすればよく、シリコンバレーとの違いを感じた」と言います。

■激動の時代を背景に生まれたIGDA

一方、ゲーム業界は激動の時期を迎えていました。第一に社会的批判の高まりで、引き金となったのが『モータルコンバット』『ナイトトラップ』の残虐シーンです。「ゲーム市場が拡大する一方で、少年犯罪は減少しており、まったくナンセンスだった」と語るアダムス氏。しかし、これを契機としてレーティング制度(ESRB)が発足します。

また当時アダムス氏が所属していたEAでは、ゲーム機の3DO事業を進めていました。3DOではゲームが一枚売れるにつき3ドルのロイヤリティをパブリッシャーに課すという斬新な施策がとられていましたが、受託業務が中心のディベロッパーが反発。さまざまな意味で「プロのゲーム開発者による団体が求められていた」のです。

当時、すでにゲーム開発者のクロス・クロフォード氏によって1988年にPCゲーム開発者向けのカンファレンス「Computer Game Developers Conference (CGDC, 1988~)」がスタートしていました。またデイブ・ウォーカー氏を中心にゲーム開発者の団体「Computer Entertainment Developers Association (CEDA, 1992~)」がLAで発足していました。アダムス氏はCGDCに所属しつつ、分科会的な「Computer Game Developers Association (CGDA) Department」を発足。これにCEDAが加わって独立し、1995年にIGDAの前身となるCGDAが発足します。

その後アダムス氏が1997年にCGDAを離れ、新たに「Independent Game Developers Network (IGDN)」を発足する動きがありましたが、すぐに再統合。1998年より現在のIGDAとなりました。そのためIGDAは1995年のCGDA発足から数えて、今年が20周年という位置づけをとっているのです。

■なぜIGDAのような団体が今後も必要なのか

アダムス氏は当初「ゲーム開発者の団体なんて勘弁してくれ」「ゲームに対する社会的批判なんて関係ない」「自分は儲かっているから必要ない」「なんでライバル会社を助けなきゃいけないんだ」「開発者団体、共産主義者か?」「AAAゲーム vs F2Pゲーム」「残業続きでそれどころじゃない」「なんで会費を払う必要があるの? いつ返してくれるの?」といった批判があったし、今でも少なくないといいます。しかし粛々と活動を続けながら、こうした批判を一つずつ解決してきました。

ではIGDAのミッションとは何でしょうか? アダムス氏は「IGDAは労働組合ではない」「商業組合ではない」と言います。影響を受けたのは前述のACMで、業界を広く包括する緩やかなコミュニティを形成し、知見を共有すること。そのうえで「ゲーム開発者というアイデンティティがあるなら、誰でも参加できる」「会員による投票で運営される」「政治的・法的な活動」「ネットワーキングの機会提供」「プロ向けの教育機会提供」「多様性の尊重」などを推進していくことです。

一方でIGDAはアダムス氏が当初予期しなかったほどまで、活動を拡大していきました。「IGDAカリキュラムフレームワークなどの策定」「IGDAの活動をサポートするIGDAファウンデーションの設立」「ゲーム業界で働く外国人向け就労ビザ提供のサポート」などです。これ以外に白書やSIGレポートの作成、主要カンファレンスの割引特典など、さまざまな活動を推進しています(就労ビザの件では入国管理局から実際に協力依頼があったそうです)。

最後にアダムス氏は「ゲームの社会的批判は現在も続いている」として、IGDAのようなプロのゲーム開発者団体の必要性を訴えました。米国の2014年税制改革法案で、研究開発控除から暴力ゲームのメーカーを除外する一文が盛り込まれていた一件などは、その好例です。アダムス氏は「政治家は暴力ゲームを批判するなら、まず『アメリカズアーミー』から排除するべきだ」と言います。

このようにアメリカから発祥したIGDAは、今やアジア・中南米・アフリカと、世界中に支部が拡大しています。すでに活動の第一線から退いたアダムス氏ですが、20周年を機会にますます発展して欲しいと結びました。
《小野憲史》

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