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【OGC2014】激動のソーシャルゲーム業界で変わったこと、変わらないこと~gumi West、今泉氏が語るふりかえり

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【OGC2014】激動のソーシャルゲーム業界で変わったこと、変わらないこと~gumi West、今泉氏が語るふりかえり
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OGC2014でgumi West代表取締役社長の今泉潤氏は「変化する"モノ作り"だけが生き残る」と題して講演を行いました。講演内で今泉氏はgumi入社後の2010年から2013年までの軌跡を振り返りましたが、それはソーシャルゲーム業界激動の4年間に対する自身、そして企業としての絶え間ないアジャストメントの歴史でした。

在学中から映像製作会社に入社し、若干23歳でドラマのプロデューサーデビューをはたした今泉氏。映像を軸に演劇・グッズ・販売・ネット企画など、さまざまなコンテンツ展開を進めましたが、思うように収益化が進みませんでした。追い打ちをかけるように映画『アバター』を見て、ハリウッドとの距離感を見せつけられます。

そんなおり、一足早くgumiを起業した国光宏尚氏からソーシャルゲーム『刑事ハードボイルド』のシナリオを依頼された今泉氏は、瞬く間に登録者数が50万人を突破したことに驚愕。同作がgumiとフジテレビの共同プロジェクトだったことも新鮮でした。常々、映像では出資者か原作者にならなえれば、好きなモノ作りはできないと感じていた今泉氏は、誘われるままにgumiに転職します。2010年のことで、まだ同社が50名程度の頃(現在はグループ全体で641名)でした。

■2010年 個人としてのモノ作り

当時は海外ではジンガ、国内ではmixi、モバゲー、グリーが相次いでオープン化を果たしたころ。同社もウェブアプリを5本リリースしました。まだディレクター、エンジニア、デザイナーの3名でゲームが作れた時代で、大学のサークルの雰囲気が色濃く残っていたといいます。開発現場もIT系、出版系、映像系、営業系などバラバラで、誰もソーシャルゲームの作り方など分かっていなかった頃。自然と気の合う仲間がプロジェクトを連続して手がけるうちに、それぞれがスタジオ風になっていきました。

今泉氏は「さまざまなジャンルのゲームを作ったが、一本もヒットしなかった」と言います。そこで学んだことは「実績のない人間の言うことは誰も聞かない」こと。そして「『作りたい』と『作れる』は違う」ということでした。それでも種がたくさんあれば、それだけヒットする可能性も高まると、ゲーム作りに邁進。またKPIをチューニングしてヒットに結びつけていくやり方は新鮮で、「ついに人の感性の部分まで数値化・指標化して、コンテンツ作りが可能になったのか!」と驚いたと言います。

■2011年 組織としてのモノ作り

DeNAがプロ野球に参入を表明し、グリーが東京ゲームショウで巨大ブースを作るなど、市場が急成長した年です。各社が海外進出のための拠点作りに投資しはじめたのも、この頃でした。『ドラゴンコレクション』が大ヒットし、カードバトルゲームがブレイク。『怪盗ロワイヤル』が漫画・ドラマとメディア展開をはたし、ソーシャルゲーム全体の認知度も向上します。

gumiも社員数が200人にまで拡大し、ウェブアプリを21本もリリースしました。そんな中、今泉氏の出世作『任侠道』がヒットし、執行役員に就任します。開発の効率化が求められるようになり、現場がディレクター・エンジニア・デザインの各部門に統合されて、スタジオ制が崩壊。開発規模も大型化し、『FIFA』『モンハン探検記』など、大型IPでのゲーム開発も始まりました。一方で各社の人材採用合戦が深刻化し、新たな人材を求めて福岡オフィスも発足しました。

執行役員として全ゲームの統括プロデューサーになった今泉氏。しかし、すぐに「同時に見られるのは2本が限界」と悟るようになります。一方で急速な成長にあわせて、経営幹部が増強され、社員教育の重要性も叫ばれはじめました。そこで、これ幸いと教育や組織化を押しつけることに成功しますが、本当にゲーム作りのマニュアル化が可能なのか、疑問に感じるようにもなったといいます。

■2012年 プレイングマネージャーとして現場と組織作り

2012年は転機の年でした。一方で『神撃のバハムート』が大ヒットし、美麗カードバトルゲームがトレンド化。『パズル&ドラゴンズ』がリリースされたのもこの年で、スマホシフトも伴って、ネイティブアプリが勃興し始めます。LINEがプラットフォーム化し、『LINE POP』などがブレイクしたのもこの年でした。海外では『Rage of Bahamut』が上位にランクイン。一方でコンプガチャ問題が業界を震撼させた年でもあります。

gumiも韓国・シンガポール・上海・フランスと次々に海外子会社を設立し、国内で400人、海外で200人の規模に成長。ウェブアプリを9本リリースしました。企画チームと運用チームを分けて、マネージャ陣を部長職に任命するなど、開発体制が再びスタジオ制に移行します。会社ロゴ、ミッション、ビジョンの策定も行われ、より会社らしくなりました。今泉氏も福岡オフィスのプレイングマネージャーとして奔走することになります。

週の半分ずつを東京と福岡ですごした今泉氏、福岡では東京での経験を糧に合理化を進め、50人規模の開発と運用を見つつ、2ヶ月に1本ずつ新作を出す体制を整えました。一方、東京ではマネージャ職を中心に企画・運用を任せましたが、数字を追いかけることに終始する傾向が高まり、企画や施策の平準化を招くことに。急激な組織拡大の弊害で、社内に摩擦が目立ちはじめたともいいます。

■2013年 マネジメント

2013年はネイティブアプリの年でした。『パズル&ドラゴンズ』が引き続きヒットする一方で、『クラッシュ・オブ・クラン』がブレイク。ソフトバンクが開発元のスーパーセルを買収したのも記憶に新しいところです。一方でジンガジャパンが閉鎖したのも、一つの節目を感じさせました。

国内400人、海外300人体制となったgumi。今泉氏にとって最大の出来事となったのが、gumi Westが設立し、代表取締役社長に就任したことでした。一方でgumi(東京)の製作責任者に復帰することとなり、スタジオ制が再崩壊。これによりプレイングマネージャーを卒業し、今泉氏はマネジメントに専念することになります。

またgumiとしても嬉しいニュースがありました。グループ会社のエイリムが『ブレイブフロンティア』というヒットタイトルを生みだし、急速な海外展開を開始。gumi Koreaも海外子会社として初めてのヒット作を作り出します。会社としてもネイティブアプリへの本格始動を進める一方で、ブラウザゲームのマルチプラットフォーム展開を推進。一方で大規模開発化の進展で、クリエイターのモチベーションが低下する問題も浮上しました。

今泉氏はマネジメントに専念することで、その重要性に改めて気がついたと言います。自分がすべてを掌握することは不可能なので、担当分野を切り分けて選択と集中を進めることが重要。一方で創作活動では適材適所が肝心ですが、プレイングマネージャーでなければ各クリエイターのスキルが掌握できず、製作現場の最適化ができないという課題にもぶつかりました。そこでマニュアル化や組織化も大事だが、最終的には担当アプリをどのように愛させるかが肝心だと判断。プロデューサーに権限を委譲し、チーム単位で目標を設定させて、全社で発表するなど、当事者意識の植え付けを進めました。

■2014年 そしてまとめ

今泉氏は2014年の課題に「Fuji&gumiGames」をあげました。フジテレビとgumiの有する企画力・演出力を結集し、世界に通用するコンテンツの共同開発プロジェクトです。映像製作畑からスタートした今泉氏にとって、これは革命的に凄いことだと自負します。

このように、わずか4年ではありますが、そこで得た気づきは非常に大きいものがありました。何よりも大きかったのは、ガラケーからスマホへのシフトです。これによってSNSによるバイラルやユーザーの送客がきかなくなりました。ネイティブアプリへの移行で開発も大型化し、いまや1年以上の期間をかけて、数億円の開発予算で作られるものも増えています。なにより「ウェブサービス」的なものから、「ゲーム」を作ることが明確に求められるようになり、数字の最適からから感性に頼る部分が増えてきました。

一方で昔も今もエンタメビジネスでヒットを続けることの難しさは変わらないと言います。ゲームをヒットさせて開発資金を回収しなければ次回作は作れないが、ヒットの方程式がないからです。そこで求められるのはノウハウよりも作品への情熱。常に「本当に作りたいものがあるのか?」「アウトプットのためのインプットができているか?」「作品を子どものように考えられるか?」と社内で言い続けているそうです。

急速に変化する業界にあわせて、現場製作からマネジメントまでさまざまな経験を積み重ねてきた今泉氏。最終的にたどり着いたのは「魂のモノ作りを継続できる組織」を作り上げることが、一番クールなモノ作りだ、ということでした。変わり続ける業界において、今後も今泉氏の挑戦は続きそうです。
《小野憲史》

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