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CEDEC、DiGRA JAPAN、IGDA日本・・・世代交替を通して成熟する業界三団体の現状と新たな連携の可能性

かつて「コミュニティ不毛地帯」で「産学連携氷河地帯」と呼ばれた日本のゲーム業界。しかし、今では大小様々な開発者コミュニティが活動し、産学連携も進みつつあります。

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かつて「コミュニティ不毛地帯」で「産学連携氷河地帯」と呼ばれた日本のゲーム業界。しかし、今では大小様々な開発者コミュニティが活動し、産学連携も進みつつあります。

その中心的な存在として、初期から牽引役を果たしてきたコンピューターエンターテイメントデベロッパーズカンファレンス(CEDEC)、日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)、そして国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)。2012年に行われた鼎談(※)から6年が経過し、世代交替を経て組織としての成熟が進む中、各々の代表が一同に集まり、それぞれの現状と方向性、そして相互連携について議論が行われました。

※参考:成熟する日本のゲーム開発者コミュニティ・・・CEDECとDiGRA JAPANとIGDA日本、3者の方向性と役割の違いをキーマン三人が語る
https://www.inside-games.jp/article/2012/09/14/59752.html

▼参加者
中村樹之(セガゲームス、CEDEC運営委員長)
中村彰憲(立命館大学映像学部教授、DiGRA JAPAN会長)
髙橋勝輝(フリー編集者/SE、NPO法人IGDA日本理事長)

司会:三宅陽一郎(CEDEC運営委員・DiGRA JAPAN理事・IGDA日本SIG-AI正世話人)

中村樹之氏

三団体の設立経緯


──今日はわざわざお集まりいただき、ありがとうございます。三団体の代表者による鼎談は2012年から数えて6年ぶりになります。前回の鼎談は団体紹介の意図もありましたが、すでに三団体とも業界内で定着し、認知も広まっていると思います。そこで今回は各々の現状や、めざす方向性について鼎談したいと思っています。

中村樹之:
CEDEC運営委員長でセガゲームスの中村樹之です。CEDECの運営委員会には2012年に参加し、2017年より運営委員長になりました。CEDECは1999年に東京ゲームショウの併催イベントとして発足し、今年で20周年になります。当時は業界全体として3DCGに対して、どのように向き合っていくかが課題でした。各社で技術を囲い込む文化が強く、今ほどオープンではありませんでしたが、GDCを参考に試行錯誤で進められてきました。もっとも、自分も当時の状況は伝え聞く程度ですが。

中村彰憲:
DiGRA JAPANが発足したのは2006年です。当時は立命館大学の教員になって数年が経過した頃で、東京大学の馬場章先生(当時)から日本でもゲームに関する本格的な学会を立ち上げないかと相談がありました。それまでも馬場先生のほかに、新宅純二郎先生、赤尾晃一先生、立命館からは細井浩一先生など、個別にゲーム研究が行われていましたが、各々がバラバラで個別に試行錯誤が続いていました。研究の内容も限定的で、海外との連携もありませんでしたね。こうした中、東西のゲーム研究者が集まって発足したのがDiGRA JAPANです。

高橋勝輝:
2000年に初代代表の新清士がGDCに参加し、そこで衝撃を受け、日本に持ち帰り、2002年に発足させたのがIGDA日本です。当時はIGDA東京と言っていて、2004年にIGDA日本になりました。初期の頃は『ICO』の上田文人さんに秋葉原で講演をしてもらったこともありましたね。今ではインディーズ・ボードゲーム・eSports・脱出ゲーム・人工知能など、さまざまな専門部会が発足し、幅広いコミュニティになっています。新はCEDECの運営委員やDiGRA JAPANの理事もつとめるなど、三団体を通して活動もしていました。

中村彰憲氏

6年間で各組織が成熟


──この6年間で一番大きな変化と言えばなんでしょうか?

中村樹之:
規模が年々大きくなり、2017年は3日間で約8000人が参加しました。それにつれて参加者層が拡大してきました。昔はCEDECといえば「プログラマーが行くもの」でしたが、最近ではビジュアルアーツ、ゲームデザイン、プロダクションなど、いろいろなジャンルの人々が公募に応募し、CEDECを通して交流を行うようになっています。それによって、よりオープンなイベントになっていきました。

エンジニアリングから分かれて、数年前にプロダクションという新ジャンルが生まれたのは好例です。ゲーム開発の大規模化に伴い、開発工程・プロダクト管理・ナレッジ共有などを専門に扱う必要性が高まり、エンジニアリングだけではカバーできなくなってきたのが理由です。順調にセッション数も増えてきていますね。こんな風にゲーム開発技術の中核だけでなく、開発環境も含めた周辺領域にまで広がってきています。

中村彰憲:
海外との連携が増加しました。具体的には2011年、当学会関係者が複数在籍している立命館大学で、ゲームを専門に扱う研究拠点・立命館大学ゲーム研究センター(RCGS)が発足し、それを契機に様々な交流が生まれた点があります。2014年には香港の研究者を中心にChinese DiGRAが設立されて、アジア近隣の研究者との交流もはじまりました。海外の研究者による日本のゲームについての視線は、我々とは大きく異なります。中でも日本ゲームの海外における受容の流れや、日米欧のRPG文化の違いなど、人文学的な研究や交流のニーズが高いことに気がつきました。

その一方でDiGRA JAPANではゲーム開発を通した教育研究などに力を入れており、シリアスゲームジャムなど、他のチャプターでは見られないユニークな取り組みを行ってきました。岩谷徹前会長や、遠藤雅伸副会長など、著名なゲーム開発者が専任の研究者になり、産学が連携して新しい教育体系を作っているところも、海外の研究者にとっては興味深く映るようです。

高橋勝輝:
組織として一番大きかったのは2012年にNPO法人になったことですね。まさに前回の鼎談が行われた頃、法人化の準備を進めていました。活動面では謎解きゲーム、ネットワークシステム、ゲームシナリオといった新しい専門部会が立ち上がり、コミュニティの拡大が続いています。GlobalGameJamの開催支援ユニットを発足させ、全国の会場に対して本格的に開催支援を行うようになったのも、この時期です。

その一方でIGDA日本以外にも開発者コミュニティが増加したことで、あえて我々が行う意義も低下してきました。そこで近年では、現役のゲーム開発者だけでなく、小中学生といった、より若年層に向けた教育活動にシフトしてきています。中山隼雄財団の助成で、全国で開催している「デジタルからくり装置作りワークショップ」は好例です。自分自身も足立区ギャラクシティでScratchを用いたゲームプログラミング教室を、小学生向けに行っています。

髙橋勝輝氏

次のページ:互いに補う産学連携
《小野憲史》

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