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任天堂/スクウェア―――クリスタルクロニクルまでの8年間

本日『ファイナルファンタジークリスタルクロニクル』が発売されました。いきなり話が変わりますが、ゲームキューブのパッケージは全て縦長で統一されています。しかし今作のパッケージはなんと横長なのです。それも白バックに燦然と輝くFFのロゴ。何事もなかったようにゲームショップの店頭に並んでいる事でしょう、しかしゲームキューブで『ファイナルファンタジー』が発売されるまでというのは決して易しい道のりではなかったのです。1人はスクウェア、もう1人の主役は任天堂です。

任天堂 ゲームキューブ
本日『ファイナルファンタジークリスタルクロニクル』が発売されました。いきなり話が変わりますが、ゲームキューブのパッケージは全て縦長で統一されています。しかし今作のパッケージはなんと横長なのです。それも白バックに燦然と輝くFFのロゴ。何事もなかったようにゲームショップの店頭に並んでいる事でしょう、しかしゲームキューブで『ファイナルファンタジー』が発売されるまでというのは決して易しい道のりではなかったのです。1人はスクウェア、もう1人の主役は任天堂です。

「盛者必衰」・・・両者を現すに最も相応しい言葉ではないだろうか。

話が長くなりすぎるので任天堂とスクウェアの蜜月時代の話は省略します。兎も角もスクウェアはファミコンに参入し、起死回生に発売した『ファイナルファンタジー』によって一躍その名を広め、ディスクシステムにも貢献し、SFC初期の普及にも一役買ったのです。

別れは意外な所から・・・任天堂とスクウェアはその関係が良好である事を示すためか共同でゲームを開発する事になりました。SFCで発売された『スーパーマリオRPG』がそれです。初めて任天堂とスクウェアがタッグを組んだ作品の評判は良好でした、名作と呼ぶ人も多く居ます。しかしこれが悲劇の元だったのです。後の両者を見れば一目瞭然ですが、お互いのゲーム観は決して一致しているとは言えませんでした。

ちょうどパンドラの箱を開けたようなものです。利益配分、発売時期。アクションの任天堂とRPGのスクウェアという対立。ゲーム観の違いは決定的でした。その後両者の間は急速に冷めます。当時開発中であったSFC向け作品の多くが中途半端な形で発売されていきました。ここから両者は磁石のように反対の方向に向けて歩み始めます。

96年2月、スクウェアはPSへの参入を明らかにしました。同時にこれは任天堂との絶縁宣言でした。N64向けに密かに用意されつつあったFFは陽の目を見ることはありませんでした。大容量を生かしたPS・FFシリーズの成功、新たな流通ルートの開拓、スクウェアは頂点を極めつつありました。

一方の任天堂はというと、サードパーティの多くを失い一社で新ハードを支えるのは任天堂とて容易な事ではありませんでした。スクウェアが輝ける間、任天堂はゲーム参入以来の苦境に立たされていました。

立場逆転の兆しが見えたのは98年。まず、96年に発売された『ポケットモンスター』によってGBが復活しました。据え置き機が期待出来ない任天堂にとってこれは大きいものでした。次の一手まで時間稼ぎが可能でした。98年末に発売された切り札『ゼルダの伝説〜時のオカリナ』は大ヒットとなり、任天堂は低迷期を脱します。その後暫くの間、両者は次ぎを模索しつつ安定の時を過ごします。

風向きが変わり始めたのは2000年ごろでしょうか。スクウェアは好調なGBに興味を持ち始めていました。スクウェアがGBAでゲームを出したいという意思を示したのもこのころです。スクウェアは失敗の公算が高い映画事業に莫大な投資をしていました。ここから関係者のコメントを拾ってみます。


2001年1月
「ゲームボーイアドバンス向けにぜひ供給したい。必要な努力はしている」(スクウェア鈴木尚社長(当時))

2001年1月
「(GBAでFFを出したいというスクウェアに対して)何を言っても自由だが、契約する意思ない。将来的にも可能性は低い」(任天堂山内溥社長(当時))

2001年7月
デジキューブ株主総会で「(任天堂商品を扱えないことについて)これは、大人の会話でございます。土下座してなんとかなるものなら、いくらでもしますよ」(デジキューブ染野社長(当時))

2001年8月
「スクウェアとの契約は日本の親会社が決めること。現時点では契約は無い。」(任天堂オブアメリカ)

2001年10月
「スクウェアさんに関しては、ゲームの認識が違いますので、よほどのことがない限り一緒にやっていくことはないでしょう。他のサードパーティーと同じというわけにはいかないですね。」(任天堂今西博広報室長(当時))

2001年11月
「FFをPSに移した際、山内社長は『機種の選択という意味では仕方がない』と語ってくれた。しかしその後が悪かった。我々は任天堂のゲーム機『NINTENDO64』はダメだと公言してしまった。」(スクウェア鈴木尚社長(当時))

2002年1月
「ゲームキューブはプレイステーションよりもソフトウェア開発者に優しいハードです。スクウェアは任天堂との合意を模索しています」(スクウェア和田社長(当時))


それは晴天の霹靂でした。2002年3月9日、日本経済新聞朝刊は5年ぶりに任天堂ハードにスクウェアが復帰する事を伝えたのです。引退を間近に控えた山内溥社長が設立したファンドQからスクウェアの河津秋敏氏が設立するゲームデザイナーズスタジオに融資するという形で、年内にゲームキューブとGBAの連動で遊べる『FF』が登場するというのです。



そして手元には完成した『ファイナルファンタジークリスタルクロニクル』があります。実に8年ぶりにスクウェアは任天堂機に帰ってきたのです。

ファンドQの創設者で前任天堂社長の山内溥はこう話しています。

(GC・GBA連動の)『ファイナルファンタジー』というのは従来の『ファイナルファンタジー』と違わねばならないのです。同じであるはずがない。私の考えは、ゲームソフトを2年、3年かけて作る時代は去ったんで、そういうことをやっていたんでは、ゲームビジネスは栄えない。また、ゲーム会社も利益を得られなくなっていく。ゲームの完成度を高めながら、しかも期間を短縮するという、きわめて難しい問題に挑戦する。こういうことを、ゲームクリエイターは考えていかないとダメな段階に立ち至っているというのが私の考えにあります。それに対して、スクウェアの一部の有能な技術者たちは、私の考え方に同調して、「それに挑戦したい」ということでスタートを切っています。これが日本のユーザーにどう評価されるのか? もし、新しいタイプの『ファイナルファンタジー』がいままでのシリーズと同じくらいの数が売れたとするならば、短い期間で、しかもコストをこれまでのようにかけないで、それで新しい楽しさをユーザーに認めてもらえたということなんです。開発者たちはすごく注目しています。どんなゲームができるのか、それがユーザーにどう受け入れられるのか、すごくそのことに興味がありますし、その結果によって、これからの開発の参考にしたいと興味を持っています。(一部中略)
(http://homepage2.nifty.com/kamitoba/goroku/yamauchi.htmlより)

素晴らしい娯楽を作り上げようと両者は一致し、共に進み、それぞれの主張を持ち、別れ、再び同じ場所に戻ってきました。これは偉大なクリエイターと経営者のお話です。これから、両者がどのような方向を目指して進むのかは分りませんが、これからも最高のエンターテイメントを創造するという基本理念に変わりは無いでしょう。

さあ、私達も新しい冒険を始めましょう。
《土本学》
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