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モバイルゲームからAAAまで、オーディオツールの今を議論 ― SIG-Audio02レポート

NPO法人IGDA日本オーディオ専門部会(SIG-Audio)は1月18日、アミューズメントメディア総合学院東京校で「SIG-Audio #2」勉強会を開催しました。

ゲームビジネス その他
セミナーはオーディオ担当者を中心に約50人が参加
  • セミナーはオーディオ担当者を中心に約50人が参加
  • デモや映像も交えて立体的な講演が行われた
  • 試験的な学割導入で学生の参加も見られた
  • 「Graph Arpeggiator 3」(Mac版)※画面は開発中のものです
  • 「Graph Arpeggiator 3」(Mac版)※画面は開発中のものです
NPO法人IGDA日本オーディオ専門部会(SIG-Audio)は1月18日、アミューズメントメディア総合学院東京校で「SIG-Audio #2」勉強会を開催しました。

会場ではブレインストームの中村隆之氏が「GraphArpeggiator3とMaxの関係」と題して講演。次いでセガの服部義明氏が講演「HDRオーディオを実装してわかったこと」を行いました。当日の講演資料はSIG-Audio公式サイト(http://igdajaudio.blogspot.jp/)に掲載されていますので、あわせてご覧ください。

■講演「GraphArpeggiator3とMaxの関係」
「音楽知識がなくても、フレーズやジングル、効果音などを手軽に作れるツールが欲しかった」。ブレインストームの中村氏はサウンド制作ツール「GraphArpeggiator3」の開発動機について、このように語りました。

1989年にアルバイトでセガのサウンド開発課に飛び込んだ中村氏。その後『バーチャファイター』などの有名タイトルでサウンド制作を担当し、1999年に独立後も精力的に活動を展開。近年では日本科学未来館の常設展示『アナグラのうた~消えた博士と残された装置~』の音響全般を手がけたことでも知られています。

一方で入社後にアセンブラ言語もたたき込まれた世代という中村氏。今でも必要に応じてツールを作ることもあるそうです。今回紹介された「GraphArpeggiator3」も、「誰も思いつかないような、インパクトのある効果音を作りたい」「ケータイ向けゲームの仕事が増加する中、MIDI音源での効果音制作を効率化したい」という事情から、社内プログラマーと共同で制作をはじめたと語りました。

「Arpeggiator」(アルペジェイター)とは「分散和音」の意味で、和音を構成する音を同時に鳴らすのではなく、一音ずつ鳴らす演奏技法のこと。Cコードなら「ドミソ」をジャンと鳴らすのではなく、「ドソミソドソミソ」などと演奏していきます。ギターやピアノの伴奏などで、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。

GraphArpeggiator3は、ひらたくいえば、この分散和音をGUIベースでサクッと作れるスタンドアロンのツールです。さまざまなソフトウェアシンセ音源を使用でき、作成したデータはWAV形式で出力できます。

■ツールはApp Storeでもリリース予定
中核となるのはツール下部の音程グラフエリア。折れ線グラフの要領で、同一スケール内の音程を調整できます。音符の長さやグラフの分割数、音符の感覚、演奏する小節数なども自由自在。複数の音を同時に鳴らして、ハーモニーもつけられます。

もっとも、これだけでは無意味な分散和音にすぎませんが、テンポを思いっきり速くして再生すると、あら不思議。ゲームの効果音やジングルに聞こえてくるのです。「ボシュッ」「シャキーン」など、音源と設定次第で、さまざまな表現を作り出せます。

同社では、これをWebサービス「SOUNDICONS」としてHPで無料公開してきました(中には市営バスの停留所案内向けジングルに使いたいという問い合わせもあったとか)。ツールの改良も着々と重ね、近くApp Storeで市販が予定されています。

ちなみに、本ツールはMaxと呼ばれる統合制作環境上で作成されました。Maxはパッチと呼ばれるライブラリを組み合わせ、さまざまな機能をGUIベースで実装できます。いわゆるビジュアルプログラミング言語の一種で、タイミング制御に強く、いろいろな処理を同期処理できるため、メディアアート分野などで人気。「アナグラのうた」の音響システムも、Maxベースで作成されました。

中村氏は「Maxはゲーム開発ではニッチかもしれないが、プログラム処理が視覚化されるため音の流れを追いやすく、トライ&エラーも容易にできる」とメリットを強調します。そのためアクションゲームで打撃音からビジュアルエフェクトを作ったり、キャラクターの心臓音からウェイティングのアニメーションをつけたりといった、新しい表現のアイディアがどんどんわいてくるそうです。

ネット上ではMaxと同じミラー・パケット氏が作成した、オープンソースのビジュアルプログラミング言語「Pure Data」も公開されており、生命進化シミュレーション『SPORE』のサウンドエンジンにも使用されているとのこと。特にiPhoneアプリ『Dimensions The Game』は、Pure Dataの特性が上手く活用された挑戦的な内容で、ゲームオーディオ畑の人間なら、ぜひチェックして欲しいと勧められました。

■講演「HDRオーディオを実装してわかったこと」
続いて登壇したサウンドプログラマーの服部氏は、セガCS1研に所属するプログラマー。直近では『バイナリドメイン』のサウンドや、ネットワーク周りを手がけています。そんな服部氏は同タイトル向けに「HDRオーディオ」を実装。最終的に採用まで至らなかったと断った上で所見を述べました。

HDRオーディオとは『バトルフィールド』シリーズで有名な、スウェーデンのEA Digital Illusions CE、通称DICEが、同社のフロストバイトエンジンで採用しているボリュームコントロールシステムです。

この背景として、現世代機でリアルな表現が一般化するにつれて、一度に再生されるサウンドファイルの数が増加。「シーンによって音が割れる」「台詞などの重要な情報が他の音に紛れて聞こえにくい」といった問題が顕在化したことがあります。

よく行われる対策が、状況に応じて重要度の低い音を下げるなどの処理(ダッキング)です。しかし大作化と共に手間も増化。特定のサウンドだけが低下するのでは、リアル感もそがれてしまいます。さらにマルチプレーヤーモードが一般化し、音圧を作り手側で完全に管理することが不可能な事態に。何らかの自動化が求められるようになりました。

そこでDICEでは独自にHDRオーディオを開発し、『バトルフィールド・バッドカンパニー』シリーズで採用。セガでも『バイナリドメイン』開発にあたり、GDC2009での講演資料を参考に実装をはじめたのです。

HDRオーディオの考え方はシンプルです。ざっくりと説明すると、はじめにすべてのサウンドデータに任意のデジベル(音の大きさを測るときの単位)値を設定します。次に、あるシーンで再生される全ての音量を計算し、そのシーンにおける再生音の上限と下限(HDRウィンドウ)を設定します。HDRウィンドウはゲームの展開に応じてリアルタイムに変化。突発的に大きな音が鳴ってHDRウィンドウが上がると、下限からこぼれた小さな音(デジベル値の低い音)をカットして、音割れを防ぐという仕組みです。

■システムはシンプルだが調整が大変!?
例としてフィールド上で環境音と戦車の走行音が鳴っていたとします。ここで戦車が砲撃し、発射音と弾着音で音圧が飽和しそうになりました。これによってHDRウィンドウが上がると、環境音が下限から逸脱し、再生がマスクされます。これにより音圧が適正に保たれるというわけです。服部氏は「すごくカテゴリ数の多いダッキングシステムという印象を受けた」と言います。

ちなみに服部氏を悩ませたのが、デジベル値を設定する際の基準です。最終的に銃の発射音を規準として、台詞をより大きく、それ以外の音は小さく設定されていきました。

もっとも、これだけでは個々の音が確実に鳴る保証がありません。同じようなデジベル値の音が大量に鳴った場合、全体的に音量が下がってしまい、もやっとした印象を与える恐れもあります。そのため個々の音をカリング(省略)したり、一度に鳴る音数を制限し、それぞれに優先順位をつける、などの後処理が求められます。『バッドカンパニー』でも、状況に応じて銃の着弾音をカリングするなどの処理がなされました。

このように期待されたHDRオーディオですが、『バイナリドメイン』ではプロジェクトの進行に伴い、優先度が低下。残念ながら採用はされず、製品版ではダッキングを中心とした従来の手法が採用されています。

システムはシンプルだが、調整が大変だったと服部氏は振り返ります。自動化の反面、演出意図を持ったサウンドのコントロールが難しくなるのです。そのため多人数対戦がメインのゲームには適しているが、カットシーンを多用するタイプのゲーム向には難しいかもしれない、というのが服部氏の所感。HDRオーディオがDICEで開発されたのも、『バトルフィールド』というゲーム特性が背景にある、と言えるかもしれません。

なお、SIG-Audioの世話人でスクウェア・エニックスの土田善紀氏によると、ゲームオーディオ分野は若手が少ないため、人材育成を特に重視しているとのこと。セミナーでも実験的に「学割」が導入され、学生が2名参加しました。土田氏は学割制度は今後も試していきたいとして、より多くの学生の参加を呼びかけていました。
《小野憲史》
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