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【黒川塾(十)】プレステ生みの親である久夛良木氏と丸山氏が語るエンターテイメントの未来とは

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【黒川塾(十)】プレステ生みの親である久夛良木氏と丸山氏が語るエンターテイメントの未来とは
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6月28日、サイバーエージェント・ベースキャンプにて黒川文雄氏が主催する「黒川塾(十)」が行われました。昨年から始まった黒川文雄氏が主催する黒川塾。「エンタテインメントの未来を考える会」として順調に回数を重ね、現在では毎月恒例のイベントになっております。

記念すべき第10回は、PlayStationの「生みの親」として知られる久夛良木健氏と丸山茂雄氏というビッグゲストが招かれました。両人ともソニーグループから退職して、独自の道を進んでいますが、今回は二人が出会ったきっかけからPlayStation立ち上げ時の苦労話などが語られました。日本のゲーム業界を変えたと言っても過言ではないビッグゲストの参加ということもあり、早い時間からたくさんの来場者が訪れ、注目の高さをうかがわせました。

■下積み時代に「餌のとり方」を学ぶ
大きな拍手とともに舞台に登った久夛良木健氏と丸山茂雄氏の二人。まずは改めて自己紹介として現在の活動について報告しました。

久夛良木健氏は訪れたプレス陣の顔を見回し、過去にPlayStation3をE3で発表したときを思い出し、懐かしい気持ちであると述べました。久夛良木氏は現在、自身で設立したサイバーアイ・エンタテインメント株式会社の代表取締役社長兼CEO。同社で何を行なっているかは、現在のところまだ秘密だそうです。また株式会社マーベラスAQLの社外取締役も務め、現在でもゲーム業界との関わりはあります。

一方、丸山茂雄氏も自ら設立した音楽関連企業である株式会社247Musicの取締役を務めています。2007年に羅患したがんは現在も治療中であるそうです。体調はそこそこ元気であり、がんを完治するのではなく上手に付き合おうとしていると述べています。がんは長寿の証であり、頑張りすぎないようにしているとのこと。

さて両人の現状報告の後、黒川氏はさっそくPlayStationを世に生み出した二人にどのようにして時代を変えるような業績を築いてきたかについてお聞きしました。

黒川氏はもともとアポロン音楽工業でレコードの営業マンを務めていましたが、その時代に丸山氏が在籍していたCBSソニーにあこがれていたそうです。当時のCBSソニーは新興レコード会社でありながらも、歌謡曲と洋楽の2つの路線で成功を収め、丸山氏はエピック・ソニーを設立。現在のJ-POPの基礎を築いた多くのアーティストを発掘してきました。そして、エンジニアであった久夛良木氏とともにソニー・コンピュータエンタテインメントを設立。PlayStationの発表によってゲーム業界を変えました。このような大事業がどのように可能になったか、二人に問いかけられました。

丸山氏は新しいことにチャレンジすることの重要性を認めながらも、何も知らない段階で挑戦することは難しいと語り、自身の読売広告社での下積み時代の重要性を振り返りました。当時の読売広告社は小さな会社であり、現場での仕事は新人にも多く任せられたそうです。丸山氏は営業マンとして働いていましたが、業務案件の前金を取り損ねるなどの失敗を重ねることでビジネスのノウハウを獲得してきたと語りました。

このように丸山氏は小さな会社の現場で働くことで、生業としての「餌のとり方」を学ぶことの重要性を訴え、若者には大企業を目指すのではなく、現場で学ぶことを呼びかけました。同様に深川の実家が印刷業を経営していた久夛良木氏は、幼い頃の記憶を語りました。

戦後の復興の中、台湾から引き上げた久夛良木氏の父親、農林水産関係の知識を生かし、焼け野原であった東京に、秋田や山形からの材木の買い付けで生業を立てました。その後、魚市場の場内市場専門の印刷業を開始。幼い久夛良木氏は場内市場まで注文を取りに行く父親についていっていたそうです。

このようにもともと自営業を営む家族で育った久夛良木氏は会社勤めを行う気がなかったそうです。ですが、父親が倒れたとき、家業を継がず好きな事をして生きろと言われ、関心があったエレクトロニクス企業であったソニーに入社したそうです。

丸山氏によれば、久夛良木氏が入社するころにはソニーはすでに大きな会社であったそうです。そのため、ソニーの技術者はみんな偉そうにしていましたが、久夛良木氏には商売人としての雰囲気があったと振り返っています。

■二人が出会ったきっかけ
そこで黒川氏は二人が出会ったきっかけについてお聞きしました。久夛良木氏はPlayStationの開発以前は、任天堂のスーパーファミコンに向けたサンプリング音源を開発していました。当時のゲームのサウンドはチープな音源しか使えませんでしたが、ヤマハのデジタルシンセサイザーDX7が登場するなど、音楽の世界の技術革新は目覚ましいものでした。ソニーにはもともとサンプリング音源の技術があったため、久夛良木氏はそれを生かすことで、スーパーファミコンというプラットフォームでもっと自由に音楽家に活躍して欲しかったそうです。

そこで任天堂に営業に飛び込み、さらにスーパーファミコン用のCD-ROMアダプタを開発するプロジェクトを取り付けました。この試みは社内では異端視されていましたが、当時ソニーの社長であった大賀典雄氏は音楽事業の要であった丸山氏のもとに久夛良木氏を送り込みました。久夛良木もその技術を自慢したくて、丸山氏に会いに行ったのが知り合ったきっかけだそうです。時は25年前、1988年の頃です。

丸山氏は当時のことを、技術的なことは何もわからないので、とにかく形にして持ってきて欲しいと話したと振り返っています。電子音楽の世界では坂本龍一氏、小室哲哉氏といったビッグアーティストとの交流もあった丸山氏でしたが、あくまでもプロデューサーとして従事していたため、技術的な話は常に正直にわからないと応え、専門家に任せるというスタンスであったそうです。

それでも丸山氏を通じて、久夛良木氏は音楽の世界で活躍しているクリエイターと交流を持つことができました。音楽ユニットのPSY・Sの松浦雅也氏に当時開発した装置を渡し、本物かどうか見極めてもらったそうです。丸山氏の元に集まるクリエイターと飲み会を含めたブレインストーミングでアイデアを集め、それを具体的に実現していきました。そして、このような電子音楽がスーパーファミコンでも可能になることで、ミュージシャンやアレンジャーの活躍の場が広がることを確信したそうです。

このように新しいチャレンジは会社の大会議で始まるものではなく、非公式なものも含めた人と人のネットワークで生まれることを二人は説明しました。PlayStationのプロジェクトも社内の人間は誰もその可能性には気付いていなかったそうです。結果、野心のあるメンバーによるチームが誇大妄想のように企画を進め、実現したという側面が強いと振り返っています。当時、青山にあったオフィスは本社から離れており、久夛良木氏は相当自由に開発に専念できたそうです。丸山氏は技術的なことはわからないものの、久夛良木氏の「保護者」としての役割を務め、プロジェクトのバックアップを行いました。

■クリエイターの重要性
このように様々な業界の現場で働くクリエイターと交流できたことが、後のPlayStationの成功につながっていると久夛良木氏は振り返ります。黒川氏もそれに同意して、エンターテイメント産業におけるクリエイターの重要性を指摘しました。映画配給と宣伝の経歴がある黒川氏は、クリエイターを立てることで少ない予算の中で映画のプロモーションを行なってきた経験を話しました。そして、PlayStationが以前のゲーム業界にあった常識を破ったことを指摘しています。

当時のゲーム業界では、引き抜きを恐れるためかクリエイターの名前を表に出すことに否定的でした。しかしながら、もともと音楽業界で活躍してきた丸山氏は積極的に表に顔を出すことを提言。時には「ミュージシャンのようにモテたくないのか?」などと「ズルいテクニック」を使い、プロモーションを行ったと振り返っています。またクリエイターの顔写真を雑誌に掲載することで、プロモーションのページ数を稼いだり、ユーザーの感情移入を誘ったりする試みを行ったそうです。

映画好きの久夛良木氏は、映画では当たり前のスタッフロールの重要性を指摘しました。スタッフロールやクレジットによってユーザーにクリエイターの存在に気付かせ、イベントやアワードなどで積極的に顕彰することをゲーム業界にも取り入れました。実際にPlayStationの発売前には、ローンチタイトルを開発したクリエイターを招いた前夜祭を恵比寿で開いたそうです。しかしながら、まだまだ保守的であったゲーム業界からは、出席を断られたり、名前のバッチをつけるかどうかで大いに揉めたりしたそうです。

久夛良木氏は、当時を振り返って、ゲーム業界がクリエイターを大事にしていないことを不思議に思ったといいます。しかしながら、それらの成果が実り、現在では様々なイベントやアワードが行われるようになり、業界の風潮も変わってきたと述べています。

このように「ゲーム業界の常識」を破壊したと思われがちなPlayStationですが、実際に現場のクリエイターは音楽業界とつながっていた部分があると言います。80年代はシンセサイザーやパーソナルコンピュータの普及により電子音楽やDTMが流行した時代ですが、当時のゲーム会社のサウンドエンジニアはもちろん、プログラマーやグラフィッカーにもミュージシャンから転身した方が多いと丸山氏は振り返っています。その意味では、意外にもゲーム業界には音楽業界と近い人々がいたと丸山氏は述べています。

■グローバルに活躍可能なエンターテイメント業界
また久夛良木氏はPlayStationが世界中でリリースされることで、様々なエンターテイメント業界のクリエイターやエンジニアと出会えたと振り返っています。そして、その流れは現在もとどまることなく、才能のあるクリエイターであるならば、全世界に向けて自分の作品を公開することが可能な時代になっていると指摘。現在、日本のゲーム業界は停滞しているように語られることが多いですが、グローバルにみるとクリエイターの勢いは日に日に増していると主張しています。

スマートフォンを含めるとゲームを遊べるプラットフォームは急速に拡大し、市場もどんどん広がっています。グローバルに活躍するクリエイターがこんなに多いのにも関わらず、日本人が不景気な顔をしているのは不思議に思え、世界に挑戦する気概を見せてほしいと久夛良木氏は訴えました。その一方で誰でも発信できる環境であるため、競争は激化しており、常に最先端のもの、野心的なものに挑戦する意志が必要だとも述べました。

また丸山氏は政府主導のいわゆる「クールジャパン政策」に意義を唱えました。ゲームは以前から全世界に向けて発信してきましたが、アニメーションなど他のメディアがもっと積極的に発信する必要性は認めています。しかしながら、それらの発信の少なさはクリエイターの責任でも政府の仕事でもないといいます。一番発信すべきなのは、メディアであるテレビ局であり、彼らが国内のコンテンツを仕切っていることが問題だと提起しました。結果として、海外のアニメファンはインターネット上で違法にアップロードされた動画を楽しむことになっている現状を問題点として投げかけました。

また現在のエンターテイメント産業が短期的な収益ばかりに注目して、大きな目標を掲げられていないことに懸念が示されました。KPIといった指標にとらわれるのではなく、どんな夢を作るのか、どうやって人をおもしろがらせるのか、いかにクリエイターから尊敬を集めるのか、そういう視点で取り組むべきだと久夛良木氏は主張します。

さらにエンターテイメント産業の集積化が起こった20世紀とは異なり、現在は個人クリエイターや小規模なチームの重要性を両人とも指摘しています。音楽業界ではメジャーレーベルの存在意義が疑われ、誰でも自由に音楽を配信できるようになりました。スマートフォンのプラットフォームではゲームも同様です。久夛良木氏はザッカーバーグが作ったFacebookの事例をもとに、クールなプロジェクトに才能が引寄せられて、チームが結成されて大きなプロジェクトが実現する可能性を示唆しています。

そのような個人の力を強調しながらも、丸山氏は生業としての「餌のとり方」は小さな会社などで学ぶ必要があることも他方で述べています。若い人には大きな挑戦をするためにも、最初は現場で学ぶことを薦めています。

■次世代プラットフォーム
最後に黒川氏から二人に向けて、今年発売される予定のPlayStation4についてのコメントが求められました。久夛良木氏はインターネットでE3の様子を見て、「へーこういうふうになるのか。長生きするもんだ」という感想を抱いたそうです。「親がいなくても子供は育つ」というような不思議な感覚だと述べています。

丸山氏はPlayStation3の発売時にすでにPlayStation4のプロジェクトについて久夛良木氏に聞いたそうです。当時の久夛良木氏は「それは俺の仕事ではないだろう」と応えたそうです。それに対して黒川氏は当時を振り返って、その返事がソニーを退職するつもりでいたのか、それとも別の意図があったのかについて久夛良木氏に問いかけました。

久夛良木はそもそもPlayStation3の構想は、「ネットに溶かす」というものであり、現在でいうクラウド技術を目指していたそうです。しかしながら、当時のネットワークインフラでは実現不可能であったため、PlayStation3ではそこまでの技術を採用することはできませんでした。PlayStation3発売時の「それは俺の仕事ではないだろう」というコメントは、次世代ハードは単体のクライアントではなく、巨大なネットワークの端末であるため、それは自分だけが作る仕事ではないという意図のものであったと説明しました。

丸山氏は「本当にそんな深いこと言っていたのと?」と何年かぶりに明かされた真相に驚いています。久夛良木市は現状のクラウド技術の発展を考える以上、単体のハードウェアがプラットフォームを握ることがなく、ユーザーと直接つながるのはネットワークとそのアプリケーションであると指摘しています。久夛良木氏はそれをPlayStation3の時点で実現したかったそうですが、当時は誰に話しても理解してもらえなかったと振り返っています。

以上、今回の黒川塾は、PlayStationの「生みの親」である二人の貴重な話が聞くことができました。久夛良木氏がPlayStation3の発売時点でどの程度のクラウドコンピューティングを目指していたかどうかはわかりませんが、SCEは昨年、クラウドゲーミングの技術を開発しているGaikaiを買収しております。また、PlayStation4ではインディーデベロッパーの呼び込みを積極的に行なっており、現在のSCEにも久夛良木・丸山両人の遺伝子は引き継がれているいるように思えます。
《今井晋》

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