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【GDC 2013】「プレイヤー殺し」の男はアメリカで何を感じたか?『ラ・ムラーナ』楢村匠氏が見たGDC

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『楢村匠氏
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  • 派手にショーアップされたIGFアワードの授賞式
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  • エキスポのインディーズコーナーは常に活気がある
『洞窟物語』の天谷大輔氏に続き、日本のインディーゲーム開発者でGDCスピーカー第二号となった『ラ・ムラーナ』の楢村匠氏。アクションアドベンチャーゲーム『ラ・ムラーナ』を世に送り出したNIGOROのリーダーです。GDC最終日の3月29日に、講演の感想やGDCの印象、ゲーム開発者としての生き方などについて、幅広く話を伺いました。講演レポート記事とあわせてご高覧ください。

―――アメリカははじめてですか?

楢村:ええ。海外旅行は好きで、ちょくちょく行っているんですが、アメリカははじめてです。どちらかというとアジア系が好きで、ベトナムとか、カンボジアとか。他にもエジプトとか。遺跡巡りとかが好きなんです。

―――アメリカの印象は?

楢村:サンフランシスコだからかもしれませんが、思った以上に歩きやすい街ですね。天気も気持ちいいですし。

―――日本でいうと渋谷みたいな規模ですから。でもホントは車があった方がいいんですよね。

楢村:ああ、それは思いますね。

―――講演も非常に盛況だったようですね。

楢村:自分からすると、ちょっと部屋が広すぎて、空席が目立つ感じで、あれれって感じではありました。ただ、そのぶん落ち着いて講演できましたね。また、わざわざ自分のセッションを選んで聞きに来てくれているという人は、みな熱心な方々なので、やっていて楽しかったですね。

―――手描きのプレゼンスライドが良い味を出していました。

楢村:あれは時間がなかったから、というのもあるんです。

―――GDC2012で講演された稲船敬二さんも、同じようなスタイルでしたよ。

楢村:そうだったんですか。自分は元々グラフィックデザイナーだったんですが、時間をかけて綺麗な絵を用意するのが苦手なんです。稲船さんもグラフィックデザイナー出身とお聞きしていますが、もしかしたらタイプが同じなのかもしれませんね。

―――ただ、そういうのが温かみがあっていいんじゃないでしょうか。

楢村:実は同じインディゲーム集団で、『Tengami』というゲームを開発されているnyamyam(http://nyamyam.com/)の東江さんと、台湾で開催されたゲームカンファレンス「2012 台北遊戲App 開發者論壇」で講演をご一緒したんです。その時、プレゼン資料に文字やデータが多いとみんなそっちに注目しちゃうから、何か印象的な一言かイメージをどかんと置く方がいいとアドバイスを受けまして。だったら手描きで用意すれば楽ができるし、早いしって。言いたいことは、ちゃんと伝わったと思います。

―――講演終了後にサインをねだられたり、しませんでしたか?

楢村:それはなかったですね。むしろ世界のインディーズゲームが集まるGDC PLAYコーナーで、いろいろ声をかけられました。実は『ラ・ムラーナ』のチラシをわざとらしく鞄からちょっと出して、うろうろ歩いてみたいんですよ。そうしたら何人かに「ラ・ムラーナの作者か」と声をかけてもらえて。GDC PLAYは活気があって良いですね。

―――みんな高い出展料を払って、世界中から集まって来ていますよね。パッションやエネルギーがすごくて、みんな熱気がすごいというか。

楢村:ああ、まさにそういう感じでした。中には日本語を話せる人もいましたね。僕も英語が得意な方ではありませんが、それでも「ラ・ムナーナの作者か、握手してくれ」「一緒に話してくれ」なんて。

―――自然と交流が生まれた。

楢村:実は今回ホテルに帰ってから、ニコニコ生放送で毎日GDCの感想を報告してみたんですよ。会場でもらったゲームを紹介したりしました。そうしたら日本の視聴者も「おもしろそうだ」と言ってくれたりして。その感想を翌日伝えに行ったら、喜んでくれて。日本でどうやったら出せると聞かれたら、PLAYSM(http://www.playism.jp/)に相談してみたら? なんて教えて上げたりして。

―――PC向けインディゲームの配信サイトですね。良い感じの二人三脚です。

楢村:こっちに来たばっかりの時は、まだちょっと日本人感覚で、声をかけたら申し訳ないんじゃないか、なんて気後れしていました。でも慣れてくると、そんな気遣いは不要だと気づきました。初対面でもどんどん、思いついた瞬間に声をかけて、楽しくやれよという感じ。カルチャーショックでしたね。

―――なまじ空気を読もうとすると失敗します。

楢村:ホントそうですね。だから、思い返すと25日にKONAMIの小島監督をお見かけしたときに、思い切って声をかけるべきでした。僕なんかがとか思わずに、だだっと走って行けば良かった。

―――エキスポのインディーコーナーは見られましたか?

楢村:そっちは、あまり見る時間がなかったんです。IGFを受賞したゲームも遊びたかったんですが、すごく人が多くて。

―――毎年、すごく混雑するんですよ。受賞した開発者と直接、話ができるので。みんな、あやかりたいのかな?

楢村:わかります。僕もカメラとチラシを持って、遠巻きに眺めていました。

―――IGFとゲームディベロッパーズチョイスアワード(GDCA)はどうでしたか?

楢村:今回はホントにあれが一番ショックでした。アワードについては記事などで知っていましたが、あんなに広いところで、あんなにショーアップして開催されているとは、まったく思いませんでした。司会もゲーム開発者で、スクリーンに顔が映し出されて、ノミネート作品が表示されるたびに、うぉーっって盛り上がって。それまで自分も「日本も海外も同じインディーズで、好きなゲームを作っている者同士じゃないか」と思っていましたが、それは勘違いでしたね。アワードを受賞して、あのステージに立った人と、そうでない人というのは、ちょっと違いますね。

―――まったくそうですね。まさにAll or Nothingの世界ですし、そこがアメリカ人の気質に合うんでしょうね。IGFでアワードを取ると、パブリッシャーがつくなどして、商業的な成功がある程度保証されるんです。だから翌年のGDCAで、デビュースタジオ部門をとることが多いんですよ。

楢村:なるほど、それで昨年IGFで大賞をとった『fez』が、今年のGDCAでデビュースタジオ部門のノミネートされていたんですね。

―――自分はGDC取材が今年で11回目ですが、当時のIGF受賞作品はダサいシェアウェアという感じで、ホントにしょぼかったんです。それが継続される中で、ぐぐっとクオリティが向上しました。最近ではそれが一周して、チップチューン的なドット絵のゲームが流行の兆しを見せています。世界のインディーズのスピードの速さを感じます。

楢村:そうした流れが日本ではなかなか体験できないんですが、それを今回体験できたのはホントに良かったですね。人から聞いたり、日本で記事だけを追っていても、なかなかあの空気はわからないでしょうし。

―――来年IGFにチャレンジしませんか?

楢村:ダメで元々というか、新作ごとにエントリーしても損はないと感じました。日本では賞をとりたいがために作るのかとか、売れるために作り方を変えるのかとか、そういう風に言われることもあるんです。でも、僕らは自分たちがおもしろいと思うゲームを作り続ける姿勢を変えるつもりはありません。そこは守りつつ、こっちでも評価を受けたり、賞を取るための工夫をして損はないですし。

―――実際、みんな必死に賞を取りに来ています。GDCAで大旋風を起こした『風ノ旅ビト』の受賞も感動的でしたが、IGFは文字通り生活がかかっていますからね。ちなみに、GDCのインディペンデントゲームサミットは受講されましたか?

楢村:ああ、残念ながらそっちには出ていませんでした。

―――2年前にIGFの学生部門を受賞した、一人称視点のパズルアドベンチャー『FRACT』(http://fractgame.com/)の作者による講演がありました。もともとウェブデザイナー出身で、大学でゲーム開発を学び、卒業制作が受賞したんです。

楢村:おもしろい経歴ですね。

―――講演ではそれから2年間、どのように製品版を作ったか、苦心談が語られました。予定がずるずる遅れる中で、赤ちゃんが生まれたりして、大変だったようです。最後に質問で「で、どうやって2年間、生計を立てていたの?」と聞かれて「それまでの貯金と、親への借金」と応えていました。ちなみに『FRACT』は、ようやくSteamのGreenLight(ユーザーコミュニティが投稿されたゲームを見て、実際にSteamでプレイしたいゲームを選出する仕組み。開発者は開発途中のゲームを投稿して、ユーザーの反応を見ながら改良できる)にアップロードされたところです。

楢村:うーん。それはそうでしょうね。そもそも、GDCに来ていない人たち、途中で作って失敗した人たちも、山ほどいるでしょうし。

―――ホントにそうですね。その中の数少ない成功例がGDC PLAYなどに出展していて、その中でさらに一握りのアワードがとれる人がいるわけです。残酷な話ですが、ある意味でそれはフェアな競争です。

楢村:自分たちも実際に受賞するのは大変だと思いますが、せめてファイナリストとしてノミネートくらいされないと、これからゲーム作りだけで生活できるほどの成功はないだろうなと思いました。

―――会場で「インディーズとして、ゲームを作って生活していくぞ」という思いをさらに強くされたわけですね。そもそも、いつその思いを自覚されましたか?

楢村:もともとは自分が創りたいゲームを、趣味で集まった連中と一緒に作っていたんです。それがインターネットが普及する中で、作ったゲームをネットで売れば生活できるんじゃないか、と考えるようになりました。ただ、仲間を道連れにするわけですから、2年くらいは誰にも言わずに、黙っていたんです。契機になったのはXbox Live AradeやWii wareでした。コンシューマでもゲームが配信できるようになってきて、どうも海外では億単位で稼いだ人もいるらしいぞと。今だと思ったんですが・・・

―――なかなか大変だった。

楢村:まだ早すぎましたね。それまでの仕事を切って、ゲーム開発だけで食べていくつもりが、全然ダメで。副業やバイトで食いつなぎました。嫁さんにも親にも「あんた、いつまでこんなことをしているの」なんて目で見られたり。

―――なはは。

楢村:ちょっとリアルな話をすると、デザインの仕事を切って3-4年たっているので、今更もとの仕事にもどっても、もうクライアントから仕事をもらえないと思うんですよ。だからインディーズゲームの道を進むしかないんです。考えが甘かったと言われれば、それまでですが、別に賞までとらなくても、せいぜい1-2万本くらい売れてくれば、メンバーにもある程度の給料を払えるんじゃ・・・なんて思っていたんですけどね。国内だけでは全然無理でした。それこそ最初から世界で売るつもりでやらないと。

―――日本でも状況は変わっていきますか?

楢村:今後は日本でもゲームをダウンロードで遊ぶのが当たり前になって、市場も広がって、新作を出せば1-2年は食いつなげる時代が来ると思います。でも、それがいつになるかわからないし、来ないかもしれないし、一過性のブームで終わっちゃうかもしれない。だから走れるうちに、もっともっと走らないといけないな、と思っています。

―――純粋に趣味の延長で作っていた頃と、生活を前提に作るようになった時とで、何かクリエイティブに変化はありましたか?

楢村:あります。その違いはGDCに来て、改めて思いました。周りから「そんなに儲からないんだったら、そろそろやめたら」なんて言われながらも、やっぱり商業ベースで作っているわけですよね。だからホントは新作について、いろいろ喋りたいんだけど、自由に喋れないとか。まずあっちで販売するから、こっちは待とうとか。ホントはもっとガツガツと攻めていきたいのに、「待ち」の時間ができちゃうんです。そういう意味では無料でFlashゲームを作っていた頃の方が、もっと挑戦的だったと思います。

―――インディーズは一見すると自由なようでいて、実は自由じゃない部分が多い。そこはフリーランスと同じですね。

楢村:そうですね。だから、せめて自分たちでできることくらいは、どんどんやっていこうと思って。小さいことかもしれませんが、ニコニコ生放送などはその一つです。悶々としているくらいなら、突っ走ろうって。

―――なるほど。

楢村:もともと美術系なので、人に言われて自分のスタイルを変えたりするのって、すごく抵抗があるんです。一方で生活もしなくちゃいけませんよね。そのバランスをとるのがプロだという自覚はあります。でも自分のやりたいことを抑えすぎると、何かすごくこじんまりしたものを作っている感じになってしまうんです。

―――耳が痛いゲーム開発者も多そうです。

楢村:しかも日本のインディーズが世界で評価されている理由は、何か一発狙って受けたというよりも、職人的な感じで、何年もかけて徹底的に作り込んだ点ではないでしょうか。だから、1年以内に作らなくちゃダメだとか、ここはこだわりを捨ててサッと出すんだとか。そういう感じだと、たぶん海外では評価されない気がします。

―――大前提として、何か尖っているところが必要ですよね。

楢村:ええ。だから開発中の新作についても、最初から見直したくなりました。これまでは受けを狙うとか、売れるためとか、賞を狙うために尖らせるとか、それってあまり良くないことという感覚がありました。でも、それは違うんじゃないか。むしろ職人的に作り込むことと、ちゃんと生活を成り立たせていくこと。そのためには世界でアピールすること。これらを企画の段階から考えていくことが必要だなあと。

―――それをわかりやすい言葉で、プロデュースといいます。

楢村:そうですね。だからリーダーである自分が、ちゃんとプランニングしていかないとダメですね。ただ、それが家で、ずっとパソコンの画面だけを見て作業していると、よくないですね。考えが小さく小さくなっていく気がするんです。

―――その意味でも、今回はいい刺激になりましたね。

楢村:ホントに。もともと海外旅行が大好きで、自分の作品にインスピレーションをくれるものって、たいてい旅行先で出逢った事柄だったりするんです。これからも、どっかに呼んでもらえるのなら、どんどん行きます。

―――今回は何かインスピレーションはありましたか?

楢村:たとえばアワードの衝撃もありますし。細かい話だと、よく日本のキャラ絵は海外では受け入れられない、なんていいますよね。逆に日本人は海外の作品をうまく自分たちの文化に合わせて取り入れることが多いと思います。一方でアメリカは、そうした器用さは持っていないかもしれないけれど、日本と違って雑多な人種がいるわけですよね。宗教も価値観も違っていたりする。だから、アメリカの方が実は幅が広いんじゃないかと考えるようになりました。

―――なるほど。

楢村:台湾で講演したときも、不思議な感覚でしたね。違法ダウンロードがはびこっていて、スマートフォンでなければ商売にならないだとか。あと中国と台湾は犬猿の仲と聞いていたのに、台湾のディベロパーの経営者が大陸から来た人だったりとか。日本で聞いていた話とはずいぶん違うなあと。

―――クリエイターって、そういったいろんな刺激を受けて、創造性の糧にされていくのかなあ、なんて勝手に思ったりしています。

楢村:いや、本当にそうです。ただ、闇雲に集めるしかないので。いつ役に立つか分からないんですよね。とりあえず動いてみることが大事だと思います。

―――ちなみに毎年来ていると、だんだん知り合いが増えてきますね。

楢村:『ラ・ムラーナ』の昔からのファンは海外の方が多いんですよ。そもそもゲームを英訳してくれたのは海外のファンコミュニティですし。初期バージョンの時代からフリーゲームでプレイしてくれたり。中にはファン同士で結婚したカップルもいるんですよ。その時は僕らも祝福のカードを送ったりしました。

今回は特にGDC PLAYで、『ラ・ムラーナ』がそうだったように、GreenLight通過に苦労している開発者と仲良くなりました。彼らの作品を遊んだり、日本に教えて上げたりしたいですね。お互いにローカライズするときはどうしたらいいんだ、なんて話もしましたし。ちょっと調子に乗って、GreenLight通過で困っている人たちに「じゃあ、僕らのファンコミュニティをそっちに送り込もうか!」なんて話もしたりしました。

―――英語の方はどうですか? せっかくGDCで仲良くなっても、英語のメールを書くのが嫌がって、自然消滅という人も少なくありません。

楢村:まだまだ英文メールは翻訳サイトに頼っています。でも、稚拙でも意味が通じればいいと思いますし。旅行で困らないくらいの会話は何とかなります。それに最近では、けっこう向こうも日本語が喋れたりしますしね。

―――自分の乏しい経験でいうと、英語が上手い人よりも、作っているゲームがおもしろい人の方が尊敬されます。

楢村:ははは。でもそうですよね。チラシを持ち歩いていて、効果がありました。

―――来年もぜひGDCに来ないと。というのも1年に1回くらいは対面で会わないと、次第にコミュニティは縮小していくんです。GDC以外にも世界にはさまざまなインディーズのイベントがあります。

樽裏:そうですね。今回、僕らに声をかけてくれた海外メディアも、東京ゲームショウの2008年あたりから来日して、その頃からつきあいのある人たちばかりなんですよ。BitSummitもそうですし、GDCもそうですし、CEDECもそうですし。何か露出するチャンスがあれば、何でもやろうと思っています。呼ばれれば、どこへでも行きます。

―――ちなみに『ラ・ムラーナ』では、日本のファンと比べて、海外のファンの多さはどれくらいですか?

楢村:おそらく世界の人口比率と同じじゃないでしょうか。それこそ50:1とか、40:1とか。日本のファンは日本語が通じるので、盛り上がっている感じがするんですが、それだけではSteamでGreenLightを通過したりしないと思います。あそこで強力に後押ししてくれた人たちが、海外には絶対いるはずなんです。

―――そういう市場は大手メーカーからは見えない、サイレント市場ですよね。でも、そうしたレトロゲームファンや、チップチューンゲームが好きな人たちって確実にいます。そういった潜在的な市場を探し出すアンテナ役というか、レーダーというか、そういうのがもしかしたらインディーズの役割なのかな、なんて感じました。

楢村:あー、そうかもしれませんね。

―――では、最後に『ラ・ムラーナ』のファンに一言お願いします。

楢村:今回、自分は日本のインディーズゲームにおける、可能性の一つくらいは示せればという思いで講演しました。とにかく注目を集めないと、スタートラインにも立てないという気持ちもありましたしね。それで「プレイヤー殺しの男」なんて自己紹介しましたが、それが思いがけず注目を集めてしまったようです。こうなったからには、これからもプレイヤーをどんどん、殺していきます。そういうゲームが好きな人たちは、ぜひついてきてください。死ぬまで飽きることなく、ゲームで殺され続けられると思います。

―――ありがとうございました。これからも楽しいゲーム、ブラッディなゲームを期待しています。
《小野憲史》

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