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【DCEXPO2009】30年にわたりビデオゲーム制作を振り返る「宮本茂の仕事史」

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【DCEXPO】創賞 贈賞式/宮本 茂の仕事史
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財団法人デジタルコンテンツ協会が開催した国際的イベント「デジタルコンテンツエキスポ2009」で行われた「創賞 贈賞式/宮本 茂の仕事史」の記念講演をレポートします。



今回で3回目となるアジアグラフアワード2009「創賞」を受賞したのは、任天堂専務取締役情報開発本部長である宮本茂氏。『ドンキーコング』『スーパーマリオ』『ゼルダの伝説』など、30年にわたり世に作品を送り出してきた任天堂のゲームデザイナーです。盾と着物が贈られました。

ステージに登壇した宮本氏は、「最近は功労賞とかが多く、業界で最年長みたいな扱いをされてて、今回も功労賞ならいややなと思ってたのですが、現役であげるよということで喜んで貰いにきました。もう30年やっていますが、ずっと昔からやっているメンバーが十数名いるのですが、そういう人を差し置いていつも1人僕だけいつも恐縮ですが、おめでたいのでいただきに参りました。これからも頑張ります。ありがとうございます」(宮本氏)と喜びのコメントをしました。

続いて記念講演が行われ、聞き手には東京大学大学院情報学環教授の河口洋一郎氏です。今回の講演は「宮本茂の仕事史」ということで、ゲーム作り30年にわたる話を語ってくれました。

まず宮本氏の30年凝縮した映像を紹介。去年Nintendo of Americaのスタッフが作成して使われた映像との事で、『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』のハイラル平原をバックミュージックに、宮本氏が任天堂に入社した頃の貴重な写真や『スーパーマリオ』・『ゼルダの伝説』シリーズ、『ピクミン』、ゲームの原点を振り返り始めた頃に作った『Nintendogs』『Wii Fit』などの映像を流しながら宮本氏本人が解説を行っていきました。

映像中には数年前にE3でマスターソードを持って現れた時の映像もありました。「剣を持っていますが、宮本武蔵と関係あるんですか?」といった質問に対し、「関係ありませんね(笑)」と会場に笑いを誘いました。

■ドンキーコングが世に出るまで
任天堂に入ったのはビデオゲームを作るためではなく、「大学の先生からアクセサリーデザイナーにならないか?と言われたのですが、普通の事はやりたくないと思っていました。自分で作って配るのが好きなので、子供の頃は漫画を描いたりしていました」と宮本氏。

小学校の頃は人形劇をやっていたとのことで、「ひょっこりひょうたん島」がマリオに影響しているかもとの事。そういえば鼻が似ているかもしれませんね。

中学校に入ると友達と漫画クラブを作って漫画を描いていたものの、周りのメンバーが凄くて3年で挫折。受験勉強を始めた頃、絵が忘れられなくて工業デザインに進学。そして任天堂に入社して今に至ります。

「任天堂に入社したら不思議な動きをする電池を使わなくて動くロボットなどが作りたかったのですが、マクドナルドの景品にあるようなおもちゃや、かるたなど色々作ってましたが、『インベーダー』が流行りだしたので本格的に任天堂でもゲームを作ろうということになりました」(宮本氏)

ここでゲーム作りに本格敵に着手します。

「当時の任天堂は『ビデオゲーム15』を作っててビデオゲームを作るラインはあったのですが、業務用のビデオゲームを絵を描いているうちにゲームを作ったほうが面白そうやと思い始めました。『パックマン』や『テトリス』のようなパッとと見てわかるゲームを作りたかったんです」

ここで『ドンキーコング』を作る際に「当時は画面が横スクロールすることのがまだ無かった時代なので、1つのコースをジグザグに作ったり、ショートカットできるようにハシゴを作ったりして工夫、どこにいったらいいかわからないので大きなものが逃げていくようにして、ゴリラが女の子を連れさって行けば、目的地がどこだかわかると言うアイディアで『ドンキーコング』が作られました」と、『ドンキーコング』が出来上がる過程を語ってくれました。

■カートリッジ最後のソフトとして作られた『スーパーマリオブラザーズ』
ファミコンが発売されて2~3年頃、任天堂はファミコンから書き換えが出来るディスクシステムに乗り換えする時期でした。カートリッジで最後に誰でも遊べるわかりやすいゲームを作ろうと作ったのが『スーパーマリオブラザーズ』。丁度その頃『ドラゴンクエスト』が発売され、ファミコンブームになりました。そこでカートリッジが再び活気付きます。

ディスクシステムが発売されるものの、半導体がどんどん進化していき、最後にはディスクシステムのゲームが動くカートリッジが作られるまで進歩。スーパーファミコンが発売される1990年までファミコンでビジネスが続きました。

■アクションゲームでプレイヤーが成長するゲームを・・・『ゼルダの伝説』
ゴールにたどり着くだけのゲームをいつまでも同じ事をやっていても面白くないということで、プレイヤーが成長するゲームを作ろうと出来たのが『ゼルダの伝説』です。PCゲームのRPGの話を自慢げに話しているのを聞き、それでアクションゲームでプレイヤーが成長するゲームを作ろうと考えた宮本氏。自分で何かを見つけながら進める楽しさを提案した訳ですが、ゲームを知らない人からは「何をしていいかわからないゲーム」と猛反対されたそうです。

しかし、何かを見つける楽しさは徐々に理解されはじめて受け入れられていきます。
「僕は天の邪鬼なので、“こんなの何をしていいかわからない”といわれたので、最初剣持っていたのですが持ち物を全部外して急遽仕様変更しました。そしていかにも何かあるだろうと洞穴があって、90%以上の人がここに入るだろうと。そこにおじいさんがいて「この剣を持っていくといい」と言われ、ちゃららら~というのがが楽しくて。こういうことをしていくのが楽しいんだなとわかりました」と宮本氏、会場には再び笑いの渦が出来ました。

日本でも流行りましたが、それ以上にアメリカで大ブレイク。それでしばらくはマリオとゼルダと2つのシリーズをしばらく作っていきますが、スーパーファミコン時代は2つのシリーズを同時に作っていくのは大変なので総合プロデューサーになりました。

■コントローラ設計
ファミコンの十字ボタンは、ゲーム&ウオッチ版『ドンキーコング』で作ったものを使ったらいい感じで、ファミコンではどうしても2人で遊びたかったので2個コントローラを付けました。しかし「ジョイスティックで遊んでいる人たちから猛反対されましたね。“そのうち慣れるんやない?”って大らかに言っておきました」と宮本氏。

十字パットは成功したので、スーパーファミコンになる時はスムーズにいくんですが、『ストリートファイターII』がゲームセンターで大流行。“次の機会はボタンが6つじゃないとありえない”言われ、任天堂は丁度LRボタンを開発していたので、人差し指なら使えるからLRと4つのボタンで6つになる、と思ってたらやはりジョイスティックで遊んでいる人達に「こんなもので遊べるか」とやはり猛反対。「またそのうち慣れると言っておきました」とスーパーファミコンのコントローラのエピソードを面白く語ってくれました。

■3Dの世界を操作する
ニンテンドウ64で3次元になるとき、3Dのゲームは十字キーでは操作しにくいということで、アナログスティックをニンテンドウ64で初めて採用。ロクヨンコントローラの真ん中になんで3Dスティックがつけるかというと、「今のものと矛盾してしまうんですが、自分が丸いと思った方向と指のポジションとが違うんです。真ん中に持って行くと指と同じように曲がるんですよ」と宮本氏。なるほど、だから真ん中にアナログスティックが搭載されてたのですね。

任天堂はスーパーファミコン時代に専用のチップを積んで3Dのゲームを作りましたが、処理が満足のいくものではなかった時代。その頃は3Dが主流じゃなったので3Dは憧れでした。丁度その頃にプレイステーションが登場。「ニンテンドウ64はSGIの技術でZバッファを搭載したのですが・・・負けてしまったんですよ(苦笑)。ここはソニーさんというよりナムコさんのポリゴンソートのノウハウが凄かったのでしょうね」とここだけの話を披露。

■3Dのカメラ操作『ポケモンスタジアム』~『ゼルダの伝説 時のオカリナ』
『ポケットモンスター 赤・緑』のプロデューサーであった宮本氏。150匹のポケモンをどう3Dで動かそうと考え、カメラ操作を徹底しようということに。そして『ゼルダの伝説 時のオカリナ』が登場します。この頃アメリカで宮本氏の名前が広まったとされています。

■そしてゲームキューブ時代
今度のコントローラはメインポジションにアナログスティックを配置しましたが、「ちょっと失敗したのがLRトリガーにアナログを付けたこと。左右にアナログボタンが付いているとロケットを飛ばすようなことが出来るかと思ったのですが、やっていると疲れますね(苦笑)」と反省点を述べてました。

■マリオやゼルダ以外の新しいキャラクターを
そこで『ピクミン』が生まれます。当時はCMソング「愛の歌」が流行、同じように海外でも展開しようとしたのですが、アメリカでは断られ、フランス語版は作ったのですが、あまり受けなかったそうです。
「アメリカはキュートが嫌いでクールが好きなんですよ。アメリアでは8歳で青少年といわれています。アメリカではクールなものが売れると信じています。ポケモンやカービィは海外では売れるわけ無いと猛反対されましたが、手を加えず日本のままそのまま出したら売れました。ただカービィの名前だけは変えました。知っている人多いかと思いますが“ティンクル・ポポ”はさすがに・・・と、カービィに変更しました。Wiiもアメリカではものすごく反対されましたね。今はもう普通にWiiと言ってますよね(笑)」(宮本氏)

■技術の進化
『マリオカート』で言えば、ゲームキューブ、DS、Wiiと少しずつ進化していき、徐々にインターネットに繋いで世界中の人に対戦出きるようになったりしました。「この辺はディレクターに任せておけば出来ること」と宮本氏。映像を交えながらこれまで制作してきたゲームを紹介しました。

■ゲーム作りのこれから
「もう一回原点の『スーパーマリオブラザーズ』の頃のような誰でも遊んでいた頃に任天堂は戻るべきと考えながら、誰でも遊べるようなゲーム作りをしていきたいです。プレッシャーもありますが、楽しく仕事したりチャレンジすることで悩むことがないですね。都合の良い方に考えることにしています。趣味も完璧にこなしています(笑)そのうち慣れるかなという所に拘っていたら新しいことにチャレンジできませんからね」

■宮本茂の仕事史を振り返ってみて
「ビデオゲームを作っている人達の技術って世界最高峰だと思います。インタラクティブとか、ユーザーインターフェイスなどをわかりやすく親切に作るということは、海外ではそういうシステムなどを作れる人やデザイナーは(あまり)いないと思います。色んな物をインタラクティブにした方が面白いと思います。DSで書籍をインタラクティブにしましたが、身の回りにはいっぱいそういうのがあると思います。『Wii Fit』で世界で一番売れる体重計作ったので、次は違うもので世界で一番売れるものを作りたいです」と締めくくりました。


■宮本流の悩み解決法
「ひとつの事に引っかかったりして悩んだりすることがあるのですが、いちいち気にしてたらキリがないのですよね。あの状態は体に良くないので、そういう時は泳ぎに行きます。(宮本さんは週に2~3回泳いでるそうです)泳いでいると悩んでいることを忘れるんですよ。悩むだけ悩んで疲れるほど泳いで帰ります(笑)」
こんな話も最後にありました。
《まさと》

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